双極性障害の患者さんに、ノートに日記を付けるように指導したことがある。日記とは言え、箇条書きだけで良く簡単なものである。普通、僕はこのようなことはしない。
彼女ははっきりとした幻覚妄想は認めず、器質性に由来する「双極性障害の表現型をとる病態」と思われた。平均してテンションが高く、特に対人関係が悪いため他の人たちとトラブルになりやすい。
最初は、うつがない軽度の「躁病に近いもの」と思っていたが、一時、わずかの期間だけうつ状態がみられた。一般に双極性障害では、うつ状態の時期が躁状態より遥かに長い。それはエネルギーが続かないというのもある。
この所見だけを見ても彼女が特殊なのがわかる。1型躁転までしていないのに病識もないのである。いつもテンションが高い理由は、何らかの炎症が続いていることに由来すると考えていた。
治療を開始して2年目くらいに膠原病を発病している。この患者さんは、精神症状が先駆していたという見方も可能である。
彼女は前医との関係も良くなく、結局、放り出された。そのため紹介状もなかった。
彼女はリーマスで治療を開始している。いつもテンションが高く、うつ状態の時期がほぼないので対処が易しいはずだが、そうでもないのである。難治性なのは間違いなく、コントロールが容易であれば、あれほどまでの武勇伝はなかったであろう。
彼女は精神科医だけではなく、あちこちの病院の医師と喧嘩になるため、せめて喧嘩にはならないように指導した。言っても無駄かと言うと、病状が落ち着いてから指導すればそうでもない。彼女はリーマスが有効で、600~800mg服薬すれば、血中濃度は十分に高くなくても比較的良いのである。
あちこちで医師とトラブルになるため、だんだん行ける病院が減ってくる。一般に、医師とトラブルになりやすい患者さんの診断は、
①双極性障害
②広汎性発達障害
③境界型人格障害
などが挙げられる。統合失調症の人は基本的に争いを好まないというか、疾患性から、一般の人が思っているほどはトラブルにならない。統合失調症でもウェールズタイプの性格の人は、気性が激しいので喧嘩になることもある。
①~③のいずれも、トラブルの原因は「認知の歪」に由来するものが大きいが、①の躁状態に関しては、自分のコントロールがうまくいかないというもある。精神鑑定では、
是非善悪を弁識し、その弁識に従って行為する能力は欠如していたと考えられる。
といった文章が出てくるが、前半は可能だが、後半はできない精神状態である。
つまり、わかっているけどやめられない。
と言ったところである。
日記を付けさせるようにしたのは、彼女の1日がどのようになっているのか知りたかったことがある。彼女はこのようなことは嫌いではないらしく、毎週、きちんとノートに書き付けて来院していた。
彼女のノートを見て最初に思ったことは、字が綺麗なこと。しっかりとした筆圧で大きな字で書いている。また冗長に無駄なことも書いておらず、日々の文章量も一定であった。
毎日している項目が多く、かなり活動的であることもわかった。彼女はほとんど動けない日は全くなく、しかもそのボリュームも平均していた。
驚いたのは、双極性障害なのに、一定のテンションで平均していたこと。波などないのである。毎日、項目だけ日記を付けているので、来院していない日に偶然調子が悪いこともないのである。これは既に3年以上付けさせているので間違いない。
これはテンションが常時高いとは言え、典型的な双極性障害とは異なっている。
彼女はいわゆる「心の理論」は保たれており、その意味では医師との喧嘩も改善する余地があった。その所見を重視し、他病院にかかるときは僕の友人か恩師に限ることにした。
そうすると、彼女は僕のことも考えて、喧嘩はしないようにするはずである。いわゆる行動面に「抑制をかける努力をさせる」試みであった。
膠原病の治療を始め、皮膚科、整形外科、脳神経外科など全てが自分の知り合いの医師なのである。彼女に感想を聞いたところ、
先生のお友達は、優しい先生が多いですね。
と感謝された。一応、気性が激しい人は避けたが、唯一、整形外科だけは恩師であり、結構、口が悪い。しかし、いずれも円満な医師・患者関係を保つことができた。トラブルなど1件もなかったのである。
ある時、日記の項目に時間を書いておくように勧めた。これは実験的なことだったが、時間が経ち、あまり意味がないと思うようになった。もう時間は書かなくて良いと言っているのに、真面目なのか今でも付けている。
医師とトラブルにならないように指導はしていたが、今の方法のほうが、遥かに効果的である。これは薬物療法以外の日常の指導であるが、ある種の作戦でもある。
ある時、こんなことがあった。彼女が通院中の友人の内科の医師が、「お薬手帳を見せてください」と言ったらしい。その「お薬手帳」を見ると、ほとんどが大学時代の同級生である。そうでない医師も良く知っている医師だったため、驚いて急に笑いだしたと言う。
○○君は、知り合いの先生を勧めているんだ・・(○○君とは自分のこと)
と言っていたらしい。
あの程度の日記が精神面にどのような影響を及ぼすのか、はっきりとはわからないが、少なくとも、日常の活動量がわかるので、病状推移のチェックはできる。
メリットとして、彼女が自分の活動に目が向くこともあるかもしれない。また、診察時に今週にしたことについて話題にできるので、ネタに困らないのもある。その分、診察が早く終わり、スピード診察に貢献している。
精神疾患は、「表現型」だけを観るのではなく、本質を重視すべきである。彼女はこれらの診療の流れからも、典型的な双極性障害とは言えず、また境界型人格障害でもなく、広汎性発達障害的でもない。
薬物療法以外のアプローチも、「時間をかければより良いものになる」と言った考え方は、たぶん誤りである。
参考
線維筋痛症のテーマ
リウマチの人は統合失調症になりにくいという謎(リウマチも膠原病の1つ)
雑念に惑わされず治療を進める
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ノートを付けさせた患者さんの話
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