未来から来た患者は診ることはないが、「過去から来た患者」は診ることがある。
どういう意味かと言うと、自分が若い頃に診ていたが、何らかの理由で自分の元を離れ、それこそ20年以上経って再び診るようになったケースを言っている。
このような人は、驚くような変化があるものだ。
その女性患者さんは、幻聴も妄想もなかったが、統合失調症の診断であった。これだけはたいていの精神科医は異論がないような診断である。(症例検討会の結果も同じ)
約25年ぶりにひょんなことから再び診るようになった。彼女は若い頃とは雰囲気が変わっていた。一言で言えば、全般に崩れており、崩れてはいるもののそれなりに均衡がとれているという印象である。
ところがである。実際に入院させて診てみると、第一印象とは異なり、ずっと病状が悪かった。
彼女と色々なことを話していて興味深いと思ったのは、自分が診なくなって、16年後に幻聴が始まったと言ったこと。ただし「幻聴が発生したからあの診断が正しかった」という風には精神科医は考えない。
幻聴があろうがなかろうが統合失調症は統合失調症である。逆に幻聴があっても、統合失調症とは思えないというケースはいくらもある。
彼女によると、今は間断なく幻聴があるという。処方も大変なもので、リスパダール12mgに加え、ネオペリドールやヒルナミンも使われていたので、これで幻覚が止まらないと言うことは、たぶん薬と症状が噛み合わないタイプなんだろう。
「過去に診ていた人を再び診るようになったこと」の意味だが、少しオカルトだが、「たぶん自分は試されている」と感じる。このようなことは滅多にないからである。
少なくとも、若い頃に診ていた時よりはうまくやれるように思うが、このように崩れている場合、(狭義の)寛解なんてありえないとも思う。
ただ、幻聴だけは、止まるかもしれないと思った。(過去にもそのような経験が多数あるため)
リスパダール、セレネース、ヒルナミンを漸減し、可能ならジプレキサかセロクエルあるいはエビリファイで治療することにした。この3つの薬は、前者3剤に比べ賦活の要素が高いため、極めてリスキーな変更である。入院治療でないと無理である。
今回の記事は読みきりなので、結果を簡単に書くが、ジプレキサ、セロクエル、エビリファイのいずれもうまくいかなかった。いろいろな試行錯誤はしたが、合わないものは仕方がない。
理想的にはジプレキサ単剤か、エビリファイとデパケンRくらいでなんとかなれば良かったが、そうもいかなったのである。
なんとか、CTかMRIを撮りたいと思っていた。その理由だが、過去に撮影して驚いたことがあったからである。ところが、精神症状が悪すぎてCTなんてできない。MRIも夢の話である。
入院後60日目を過ぎた頃から、かなり薬について目処がたってきた。彼女は、リスパダールを始め、あらゆる非定型抗精神病薬では治療が難しいのである。
過去ログに減量についての記事がいくつかあるが、このようにリスパダール12mgも入っている人は、初回の減量の際、完全に中止したりしないこと。せめて2mg程度は残した方が良い。
結局、プロピタン600mg、リスパダール2mg、デパケンR1200mg、ベゲタミンA(日中に使う)で落ち着き、10年近く続いていた幻聴も遮断できたのである。
そして、ようやく脳神経外科病院にMRIを撮影に出かけられるレベルになった。
MRIは・・
あっと驚く、ほぼ正常化していたのであった。これには更にびっくり。(昔、彼女のCTは忘れられない画像だったので頭に焼き付いていた)。
彼女は退院し、再び、自分の元を離れた。しかし、彼女はたぶん2回目の入院が必要になるような気が非常にする。
そう思う理由だが、あのように難しい人が簡単に1回のトライで良くなるようには思えないから。(過去ログにも後半の入院が必要という主旨の記事がある)
ある日、急に思い出して彼女の自宅に電話をかけてみた。彼女の母親が出てきて、退院して数日は悪かったが、その後、落ち着いてきたという。少なくとも入院する前よりはずっと良いらしい。
後で思ったことだが、彼女を過去に診ていたかどうかなんて、あまり治療経過や結果に影響しないのではないかと。
その理由だが、25年前には非定型抗精神病薬など存在しなかったし、デパケンRなどの手法も確立していなかったこともある。
だから、彼女と思い出話はできても、新規の患者さんと結果はあまり変わらないような気もする。
参考
抗精神病薬の減量のテクニック
2-0の状態
激しい幻聴のある強迫神経症
内因性幻聴と器質性幻聴
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過去から来た患者
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