Quantcast
Channel: kyupinの日記 気が向けば更新
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2198

幻聴が止まった後の口をポカンと開けた表情

$
0
0
今日の記事は少し特殊だと思う。

過去ログで、幻聴が消失した後、これは何なんだ!という口をポカンと開けた表情になった話が出てくる。(「3人目の女性患者」より抜粋)

5月初旬、プロピタンを漸増し300mgまで増やしたところ、突然、幻聴が以前の半分になった。この時、これはいけるかもしれないと思った。プロピタン600mg、つまり12錠とセロクエル200mgで治療を継続したところ、6月の第1週には幻聴、被害妄想はすっかり消失してしまったのである。しかし、幻聴は消失したものの口をポカンと開けたままになり、これはどうかと思うほどのダメージを受けたような顔つきになった。最初、さすがに僕もこの顔つきにはショックを受けた。この時、エビリファイを追加処方すれば、なんとか顔がしまるのではないかと思った。エビリファイは表情を改善するからだ。(中略)3mg服用させるだけで、表情がかなり改善してきた。僕は口をポカンと開けないように本人に指導した。本人にそう言うと、けなげにそうしようとするのである。7月になると緩んだ表情も見られなくなった。

また比較的、最近の記事で12年間続いた幻聴が遮断できたと言う話がある。(「輪番で来院する患者」より抜粋)

彼女は抗精神病薬だけでも、ジプレキサ20mg、リスパダール4mg、ロドピン100mgと結構入っており、しかも副作用も出ていた。しかも幻聴も断続的にみられ落ちついてはいないのである。先日アップした人も同様だが、薬と病状が噛み合っていないタイプである。現在、プロピタン100mgとセロクエル100mgしか抗精神病薬は使っていない(厳密にはベゲタミンAを1錠だけ使っているのでコントミンが僅かに加わる)。彼女にはラミクタールを50mg程度使っているのがポイントである。(中略)彼女は今回の処方変更で12年間続いた幻聴が完全に遮断できた。彼女はまだ20代なのである。

後半の患者さんも、12年間続いた幻聴が消失した後、これは何なんだ?と言うような口をポカンと開けた表情を呈したのである。彼女の場合、幻聴消失直後ではなく、数日遅れてそのような表情になった。

最初の患者は亜急性に精神病状態が増悪したものの深刻な事態に至る前に収束しているのに対し、後半の患者は12年間もずっと悪かったという病歴の相違がある。

後半の彼女に、自分の口がポカンと開くことについて(どのよう自覚しているかなども含め)聴いてみた。彼女の言葉は意外なものであった。彼女は、

口が開くのは、病気になる前からです。

と答えたのである。しかし、昔から開くのは開いていたのであろうが、治療者から見る限り、幻聴を遮断した直後、急激に開く頻度が高まったのは間違いない。これは幻聴などと異なり、他覚的に確認できる所見だからである。

この本人が言う、「病気になる前から口がポカンと開いていた」という意味だが、ある種の自律神経失調症状だと思う。おそらく彼女は、発病前からに自律神経の調子が良くなかったのである。

幻覚、特に幻聴を遮断した後に、口をポカンと開けたような緩んだ表情になるのは必然ではなく、むしろ確率的には稀である。転院直後に、何らかのアプローチで患者さんの幻覚が消失するケースは自分には良くあることで、数年間続いたのに簡単に消えたというのも経験する。

しかし外来に限れば、幻覚消失後、口をポカンと開けたような表情になった人は記憶にない。皆無と言って良い。

この差だが、単純に考えれば、おそらく治療のパワーの大きさを反映しているのではないかと。

外来患者で消失する人は、治療的操作という点でたいしたことはしていない。例えば、このような処方で来院した人。

エビリファイ9mg
セレネース 2mg
アキネトン 2mg


という患者さんに、エビリファイをOD錠に変えただけとか。(笑)

ジプレキサ 5mg

という単剤処方の人に、デパケンRを200mg追加しただけというのもある。また、

ジプレキサ20mg

という人に対しジプレキサを10mgに減量したところ幻聴が消失したこともある。結局、外来の場合、たいしたことはしていないので、表情に大きな変化は出ないのである。

表情に変化が出ないとは言え、幻覚が消失すると以前よりゆったりとした余裕のある穏和な表情になる。自然さがある程度回復するのである。少なくともポカンとした表情にはならない。

ところが、最初の「3人目の女性患者」は入院治療で幻聴がなかなか消失せず、色々な薬物を試みている。最後こそ、プロピタンとセロクエルだけなので、たいした量とは言えないが、それ以前に、ジプレキサやリスパダールを使ったり、トロペロンを3アンプル連日筋注している時期もある。幻聴消失までの治療のパワー、つまり治療濃度が非常に高かったといえる。

後半の輪番の女性患者も、それまで長い期間にわたり結構な精神病薬を服薬していたし、入院後、ある時期、トロペロンを連日筋注していたため、治療濃度はやはり相当に高かった。

しかし厳密に言えば、彼女の場合、ジプレキサやリスパダールをプロピタン600mgに変更した時点で、幻聴は既に消失していた。しかし、それ以外の症状がほとんどと言って良いほど改善していなかったことや、減量のバランスを取るためにトロペロンを筋注していたのである。

このような治療経過から口がポカンと開いたとすれば、あれは、薬物そのものか、むしろ薬物減量に伴う「ジスキネジアないしジストニア」という見方も可能である。つまり、幻聴が止まったから出現したわけではなく、薬物治療の結果として出ているという考え方である。

輪番の女性にも、口をポカンを開けないように指導したところ、本人は笑っていた。あのような経過で出現した場合、何もしなくてもその後の服薬量が少ない場合、自然経過で消失する。治療的と思える薬は、

ユベラN
リボトリール
カタプレス


くらいだが、彼女には、リボトリールとユベラNを併用している。

最初の患者さんにはエビリファイを使っているが、エビリファイはアカシジアはしばしば出現するが、ジスキネジアやジストニアは非常に稀とされている。逆にそのような副作用が出やすい人には推奨されているほどである(もちろん合えばだが)。他、遅発性ジストニアに推奨される代表的抗精神病薬はクロザリル(クロザピン)である。またセロクエルも推奨される。

後半の彼女のプロピタン100mg、セロクエル100mgだが、プロピタンは低力価ブチロフェロンなので、治療的ではないが、この量であるしSDA的薬物なので相対的には悪くない。

一般に、幻覚が消失した影響は絶大であり、いわゆる硬い表情は嘘みたいに緩和する。口がポカンとしていても、笑顔が良かったり、表情の反応性が改善するのである。多分だが、彼女は口がポカンとする症状は半年以内にはかなり良くなると考えていた。

ところが実際には、10日以内にその症状はほとんど消退してしまった。本人が「口が開くのは病気になる前からなので治るわけがない」と言っていたのにである。

この臨床経過は重大だと思う。これまでのことを根本的に考え直さねばならないほどである


普通、このタイプの所見はすぐには消失しないものである。前半、後半の女性の病歴はかなり異なるが、激しい幻聴が続いていたものが消失したことは共通している。あの「口のポカン」はもう少し異なった理解が必要なんだと思う。

あれは、もちろん薬を重く使ったこともあるが、ある種の「抜け落ちたこと」つまり症状の喪失や、身体的なものが関係しているのであろう。あれは実は精神だけでなく身体も含めたトータルな所見なのである。

一般の患者さんでも、症状が改善した際に、一過性に薬の副作用が出ることがある。これは症状が改善し「薬が相対的に重くなった」と見ることも可能だが、実は「精神の改善が自律神経や筋肉へ影響を及ぼした」部分が大きいと考えている。過去ログでは精神症状が著しく改善した際に、疼痛や神経麻痺が生じることがあると指摘している。(参考

ECTのテーマでは、木箱ECTは脳への通電だけではなく「全身痙攣が起こること」が精神へ好影響を及ぼすと記載している。また、その逆に精神の状態の大きな変化が筋肉にある変化(筋強剛や麻痺など)を引き起こすこともある。(参考

つまり、あの口のポカンは、ジストニア様の所見ではあるが、精神の軽快が筋肉へ及ぼす影響を一過性に見せてくれているのである。だからこそ、口のポカンがあっても、既にプレコックス感も含め、表情筋への好影響が見て取れるのである。

つまり、あの口のポカンは、重い精神病状態の最後の残滓であろう。そう考えると、様々な点で辻褄が合うし、一見、わかりにくい所見を説明できる。

過去ログには「薬は使うべきときは使わなければならない」という指摘が出てくる。

よほどの治療を行わないと、幻聴などの陽性症状は改善しない状態にある患者さんも多い。また、治療濃度が高かったとしても100%良くなるとは限らないのである。無計画な、あるいは状況を把握しない多剤の治療は、単に処方が複雑になるだけである。(最も拙い対応は、その薬のためにかえって悪化させているのに、それに気付かず他の抗精神病薬を上乗せすることだ)

治療濃度を高める際には、病態の把握、ある程度の試行錯誤を減らすための見通しが必要である。上の2例でも、最終的にたいした薬物量は必要ではなかった。

治療の際、「その薬が治療的であるのかないのかの見立て」は重要だと思う。つまり、キビキビと試行錯誤しなくてはならない。いかなる薬も無意味に長く使うことは、悪い状態の時間が長くなることになり、それは予後に影響する。

特に幻覚妄想に関しては、薬のトータルが多ければ多いほどより効くというのは、経験的には肯定できない。過去ログのいくつかの記事の内容も、それを支持している。

僕は薬の内容も重要だが、ある種の変化がスパイスとなり、揺さぶりとなって全般の症状が改善すると考えている。その際に、薬物の急激な増量も変化の1つと言える。

しかし急激な増量に比べ、急激な減量はより危険性が高いという一見、認識しにくい事実がある。だから、薬物療法は入口と出口に計画性というか、自分のマニュアルのようなものが必要なのであろう。

だからこそだが、幻覚妄想系の疾患は、精神科医としての全的な能力が要求されるんだと思う。

参考
精神症状身体化の謎
その薬が有効なのではなく、「過程」が有効
専門性について

Viewing all articles
Browse latest Browse all 2198

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>