ある婦人は、車の運転中に追突された後、頭がボーとする、めまい、全身倦怠感、不眠など、身体の不調に悩まされていた。当初、整形外科で治療していた。
不調のままだったが、画像診断的にはっきりした障害がないこともあり、整形外科医や任意保険会社の担当の人から促されて、4か月後に示談している。
ところが、示談して2か月目から、次第に著しい腰痛が出現したという。整形外科では坐骨神経痛と診断され、痛み止めなどを貰ったがあまり改善しなかった。3回神経ブロック注射をしてもらい、痛みが4割くらいに減ったらしい。その後、3か月ほどすると、腰痛が悪化し、また痛みのためか高血圧になった。再び整形外科に受診したが、精神的なものが大きいと言われ、整形外科以外の病院で治療を勧められた。そこで脳神経外科に受診したという。脳神経外科では、トラムセットなども処方されている。
脳神経外科での処方
トラムセット 3T
アダラートCR 20㎎
ガスターD 10㎎
レンドルミン 0.25㎎
パキシル 20㎎
ロゼレム 8㎎
当院は、本人の親戚の人から勧められたと話す。初診時、本人によると、「やる気が全く起こらない。ボーとしていて、何を見ているのかわからない。とにかく眠れない」と言う。うちの病院に受診したのは交通事故後、8か月目である。この8か月で、体重が43㎏から39㎏に減っているという。
初診時は、ネオラミン3Bの静注を実施し、とりあえず今の処方は変更せず、リフレックス、サインバルタ、リボトリールの組み合わせで治療することにした。
可能であれば、パキシルはあまり疼痛に効いておらず、またうつへの効果も十分ではない上、アパシーの原因の1つの可能性もあり、漸減中止の方針とした。
初診時の追加処方
リボトリール 0.5㎎
リフレックス 15㎎
サインバルタ 10㎎(脱カプセル)
7日目に再診。
「2~3日はぼーとしていたが、昨日くらいから景色が良くなった」という。「今はまあまあ良いです」というので好感触である。明らかに回復傾向なので、薬を整理することにした。今後は、うちの病院ですべて処方する。これくらい複雑な処方だと、かえってパキシルは容易に減量できそうな印象。トラムセットは本人があまり飲んでいないようなので、この機会に中止することにした。
リボトリール 0.5㎎
リフレックス 15㎎
サインバルタ 20㎎↑
パキシルCR 12.5㎎↓
レンドルミン 0.25㎎
ガスターD 10㎎
エックスフォージ 1T
マグミット 500㎎
およびネオラミン3Bを静注。(毎日しないとあまり意味がないのだが・・)
その1週間後(初診2週目)
ボケが減って、テレビにも集中できるようになったという。やる気が少し出てきた。しかし、スキッとはしておらず、食欲が出ないらしい。今はよく眠れているので、それは助かっているという。腰の痛みはある。血圧のコントロールは良い。(処方変更なし)ネオラミン3Bを静注。
その1週間後(初診3週目)
全てのものがぼんやりとしか見えていなかったのが、はっきりと見えてきたという。(うつが改善するとこんな風に言う人は稀ではない。視神経は脳神経である)。あともう1歩です。食事は一時よりかなり食べられるようになった。やる気も少し出てきた。血圧も今はちょうど良い。今回、パキシルは中止できそうなので中止する。
リボトリール 0.5㎎
リフレックス 15㎎
サインバルタ 20㎎
レンドルミン 0.25㎎
ガスターD 10㎎
エックスフォージ 1T
マグミット 500㎎
(ネオラミン3Bを静注)
更に1週間後(初診後28日)
すっきりしてきたという。体の倦怠感も今はあまりない。「おかげさまで・・」という。腰の痛みがなぜかわからないが、そんなに痛くなくなったという。表情は明るくなってきている。姉(紹介者)が「私の先生だから間違いない」ととても喜んでくれた。やっと数か月ぶりに笑顔が出た。今後は2週間ごとに通院。処方変更はなく、またネオラミン3Bの静注も中止。
42日目
背中の痛みが減っている。体重は41㎏まで増えた。毎日40分歩くようにしている。雨でも傘をさして歩いていると笑う。(処方変更なし)
56日目(28×2)
体の痛みはほんのわずかです。食事がとても味がわかるようになり、美味しいと感じられるようになった。また今は車も乗れるようになった。ぐっすり眠っており、中途覚醒がないという話。まだ2か月目だが、この経過は急激な改善と言える。副作用らしい副作用もない。(処方変更なし)
84日目(28×3)
今は大丈夫、左足の痺れも痛みも10分の1になった。前の病院の薬より今の方が楽という。「天と地がひっくり返るほどよくなりました」と笑う。初診以前ははテレビをみていても良くわからない状態だったらしい。
105日目
体重が44㎏まで増えたという。(39から44㎏)口の中が以前はピリピリしていたが、今はしなくなったらしい。
約5か月目
今は調子が良いです。やる気が出てきた。「おしゃれもできる。していたいと思う。」と言う。精神科に来たのはここが初めて。また、整形外科受診以後、だんだん整形外科の主治医が冷たくなったので通院をやめたという。したがって、疼痛の改善は向精神薬に負うところが大と言える。
(今も処方は変更していない。まだ初診後半年も経っていないため)
考察
交通事故の鞭打ち(頸椎捻挫)から、疼痛性障害、うつ状態に至った婦人。交通事故の場合、器質的な異常がない場合、示談を急がされることが多い。この夫人も(保険金目的で)いつまでも痛いと言っているのではないかと疑われ、4か月で示談をしている。(一応、交通事故としては終了)
彼女によると、とにかく、痛いと訴えることに罪悪感を感じるような整形外科主治医の応対だったため、うんざりして示談したという。
今回の向精神薬は、リフレックスとサインバルタ、リボトリールの比較的少量で、結構高い効果がみとめられている。これはカリフォルニアロケット燃料(また東京ロケット燃料)という組み合わせだが、エビデンス的に、この2つはSSRIよりは疼痛には優れている。
リリカやガバペン、トラムセット、トラマールなども使わずに簡単に軽快したので、この患者さんは薬に対する反応性や忍容性は高いものと思われる。
将来的には、この夫人は本来うつ病ではなかったこともあり、リフレックス、サインバルタのいずれかとリボトリールの組み合わせか、ほぼ寛解状態に至れば、リボトリールだけでも良いと考えている。
エビデンスレベルおよび推奨度について、過去ログから再掲。
主なSSRI及びSNRIのエビデンス及び推奨度
SSRI
パキシル
エビデンスⅡa 推奨度B (日本もB)
ジェイゾロフト
エビデンスⅡb 推奨度B (日本もB)
デプロメール(ルボックス)
エビデンスⅡb 推奨度B (日本もB)
SNRI
サインバルタ
エビデンスⅠ 推奨度A (日本はB)
トレドミン
エビデンスⅠ 推奨度A (日本はB)
以下は線維筋痛症の不眠に対する治療薬のまとめ。
抗うつ剤
リフレックス(エビデンスⅡb、推奨度B、日本でもB)
疼痛、睡眠をともに改善する。
エビデンスレベルⅠ~Ⅴについて
ランクⅠ
Systemic review、メタ解析によるデータ。
ランクⅡa
1つ以上のランダム化試験によるデータ。
ランクⅡb
非ランダム化データによるデータ。
ランクⅢ
分析疾病学的研究によるデータ。
ランクⅣ
記述疾病学的研究によるデータ。(何例中何例が有効だったなど)
ランクⅤ
患者データに基づかない、専門委員会や専門家個人の意見。
推奨度
A 行うように強く勧められる。
B 行うように勧められる。
C 行うように勧めるだけの根拠が明確でない。
D 行わないように勧められる。
参考
患者さんからのショートメールと線維筋痛症
線維筋痛症とSNRI及びSSRI
線維筋痛症の女性患者①
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交通事故後に生じた遷延する疼痛、うつ状態
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