かつて日本では、切手収集人気の高い時代があった。当時、記念切手が発行されると瞬く間に売り切れてしまい、手に入れるためには発行日に郵便局に並ぶか、あらかじめ登録して自宅に送ってもらうしか方法がなかった。
ある程度、切手収集に時間をかけられる人しか十分に集められなかったのである。過去に発行された記念切手は、専門誌の後半にある通販の切手専門店で買うことができた。切手のカタログでは、人気切手は高値がついていたが、値上がりはあっても値下がりは滅多になかった。切手カタログは発売後、すぐに額面の2倍の評価を記載しており、切手人気に一役買っていた。一方、切手の専門誌ではカタログ評価の6割くらいで購入することができた。通販は不安があるが、それなりにリスクに見合った割安さがあったのである。
当時、最も人気があり、象徴的と言える切手は、「月に雁」と「見返り美人」。この2つは高すぎて、もう少し安価でカジュアル?に人気の高い切手は、「ビードロ」と「写楽」だった。(ビードロが4000円、写楽が2500~3000円くらい。)
切手の人気は、デザインの良さと発行株式数の少なさに関係があり、切手趣味週間の切手は大きさもさることながら、デザインも良いことが多かった。したがって、発行日に手に入らないと、額面で買うことが難しかった。
ある時期、切手バブルと言える現象が起こった。それは沖縄切手が短期間に急騰したのである。沖縄切手とは、沖縄がアメリカに占領されていた時期に沖縄県内でのみ発行されたもので発行株式数が少なかった。またデザインもトロピカルしており、色合いが鮮やかで美しいものが多いのである。今考えると、沖縄切手は日本本土の切手に比べ異国情緒があった。
デザインが良く発行株式が少ないと言うことは、高騰する要素を十分に持っている。当時、沖縄切手で象徴的なものは、「守礼門」である。守礼門は沖縄切手にしては意外に発行株式数が多く、これがかえって仕手集団に利用されたと言えた。守礼門だけはなく、他の切手も軒並み高騰し、子供には手に入らなかったのである。
ところが急騰には反動が来る。その後、しばらくして沖縄切手の大暴落が生じた。当時、僕はまだ切手には興味がなかったが、切手を集めるようになって、沖縄切手の暴騰と暴落の話を聴いた。僕は当時から新規発行の切手にはさほど興味がなく、戦前の使用済みの切手を主に集めており、評価もはっきりしないものが多かった。他、普通切手である。普通切手は誰も積極的に買わないので、まだ集め甲斐があると言えた。そのようなこともあり、収集の規模も小さかった。後年、嫁さんの親戚が集めていると聴き無償で贈与した。もはや興味がない人のところに置いていても意味がない。その時、気づいたのは、けっこう保存状態が良かったことである。タバコを吸わないことは、このようなことにも好影響を及ぼす。
経済現象としての大暴騰と大暴落の最初の事件は、おそらく17世紀に起こったオランダのチューリップ・バブルだと思われる。当時のオランダは、現代に比べ超大国であり、その経済現象の1つとして、あの事件が起こったとしか言いようがない。チューリップバブルの終焉により経済的混乱を引き起こした。この暴騰や暴落とその後の影響は、ニューヨークで1929年で起こった株式の大暴落(Wall Street Crash)に非常に似ている。
結局、ニューヨークで起こった株価大暴落は、世界的経済恐慌を招き、なんだかんだ言って、それを収拾したのは第二次世界大戦だったと思う。大恐慌はたいていの場合、デフレが起こり、戦争は究極のインフレを伴うからである。劇薬には劇薬しか効かなかったといったところであろう。
それに比べ、沖縄切手の暴騰と暴落は市場規模が限定的だったため、大きな社会的影響はなかった。しかし、その後、切手全般への庶民の関心の喪失を招く最初の大事件だったように思われる。
日本の株式相場がバブルを呈する数年前に切手人気は低落し、記念切手の発売日に行列ができることもなくなった。その結果、郵政省は記念切手を完売することが難しくなったのである。今考えると、切手収集家は記念切手を買って使うこともほとんどなかったため、郵政省だけはぼろ儲けしていたと言えた。当時の切手は相対的に発行株式数が多すぎて、今後切手人気が盛り上がったとしても、値上がりしようがないと思う。まあ自分の生きている間、切手人気が上がることなどないと思うが。
その後、日本の1980年代後半の株のバブル相場および大暴落と長いデフレを経て、現在に至るのである。
数年前だが、中国で大変な切手人気が起こり、1シート数億円で取引される切手銘柄もあると言う。これは既に中国が経済的にも大国になっていることを示している。経済的に弱い国は、自らバブルを起こすほどの力はなく、大国の暴落の悪影響のみ強く受けるものだ。
ヤフオクの切手カテゴリーを見ていると、当時の相場からは到底信じられない安値で落札されており、もはや買い手市場(買い手などあまりいないと思うが)であり、売り手のみ際限なく湧いて来ているように見える。
この理由だが、おそらく、亡くなった人の金融遺産、固定資産、美術品などを相続した人たちが、切手はある程度、価値があると知っているが、うまく処分しようがなく、ヤフオクなどで処分しているんだと思う。一部は、そういう人たちから依頼されている業者であろう。
かつての切手収集家は、収集家の相続人がいないのである。
切手収集は、歴史のある由緒正しき趣味であり、今でも世界的に廃れてはいないが、日本に限ればデフレが長すぎて、全く将来が見えない状況と言える。
現代社会のある切手収集家によると、ヤフオクで買う人は限られており、お互い暗黙のカルテルを結んでおり、高値では入札しないようになっているらしい。したがって、オークションならではの競り合いなどほとんど起こらない。
また、非常に珍しい条件がそろった出物もあるが、このような状況なのであまり高値では落札されず、また真の意味で、どの程度の価値があるかも不明なものも多い。切手に限らず、美術品もある程度収集家数の規模がないと、正当な評価は得にくいのではないかと思う。
日本で、今後、再び切手に人気が出る時代が来るのであろうか?
なお、その切手収集家によると、かつてのバブル時代の切手は、発売日に近い日付で実際に使われた使用済みの切手ないし封書、はがきの方がむしろ価値が高いらしい。もちろん消印(正確にはショウインと読む)が明瞭に見えるものである。それほど、記念切手は使用されなかったこともよくわかる。
今、ヤフオクの切手カテゴリーでみられる現象は、日本の経済的繁栄と凋落をよく表しているようで興味深い。
あの時代、日本の庶民が買うべきだったものは、切手ではなく、美術的価値もないに等しい単に紙切れの日本の企業の株式だった。
あの当時の企業は、既に寿命を終えているものもあるが、安値に放置されているものが大半だった。まだ花札やトランプなどくらいしか扱っていなかった任天堂も二束三文の株価だったからである。
参考
アパシーと一攫千金(6)
深刻な不景気とdepression
精神症状と株価暴落が連動している人
ジョージ・ソロスのオヤジ(7)
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ヤフオクの切手カテゴリーを見て思うこと
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