2015年ラグビーワールドカップイングランド大会は、残り3位決定戦、決勝を残すのみとなった。今回、日本は決勝トーナメントには進めなかったもののグループリーグで3勝を果たし、特に南アフリカ戦で大番狂わせを演じたこともあり、国内でプチ・ラグビーブームとなっている。
五郎丸選手はファンにぜひ日本のトップリーグ(国内リーグ)を観てほしいと話していたが、放映権の関係で民放やNHKで簡単に観ることはできない。スカパーやケーブルのJスポーツという有料チャンネルしか放映しないからである。
ところが、日本テレビがトップリーグの中継に本腰を入れるという話も出てきている。今回のワールドカップでは深夜にもかかわらずかなりの視聴率を獲得したことも大きく影響している。今は、確実に視聴率を獲得できるスポーツのコンテンツが減っているのもある。
ラグビーは陣取り合戦でぜひ前に進みたいが、決して前にボールを投げてはならないという奇妙なルールで行われる。前にボールを落とすのも軽い反則(ノックオン)で、敵ボールのスクラムになる。
しかし、キックで前に蹴ることはできる。ボールを前に落としかけた瞬間、ボールを足で蹴った場合、キックと見なされてノックオンにならない。相手がキックの際にチャージが成功した場合、ずっと昔はノックオンだったが、今はそのまま続行になる。
アメリカンフットボールは1回の攻撃で1回だけ前にボールを投げることができる。この専門の選手がクォーターバックである。しかしアメリカンフットボールもラグビーと同様、後方には何度でもボールを投げることができる。滅多にそのような場面を観ないのは、落球した時のピンチの大きさが半端ではないからだと思う。アメリカンフットボールは、ターンオーバーの価値がラグビーよりずっと大きい。
今回、ラグビーの観戦機会がなかった人たちには、ラグビーのルールは難解と思ったかもしれない。僕は、野球のルールの方がずっと複雑で難解だと思う。比較的簡単に見えるのは、日本人だからである。
その証拠に、野球を観たことがないヨーロッパの人には、野球の試合をテレビを観ていて、何をやっているのか理解できるまで相当に時間がかかると言う。少なくとも、見ているだけではその日は意味不明のままである。インテリの人でもそうらしい。オリンピックから野球とソフトボールが除外されたのはその辺りも理由の1つである(世界的に野球のスタジアムがあまりないことも含め)。
サッカーはルールは比較的シンプルなスポーツだが、唯一、オフサイドだけは難しいのではないかと思う。このルールは極端な例を挙げれば、「いつも敵ゴール前に1名の味方選手が待機していてはならない」というものである。それが許されるなら簡単に得点できるし、サッカーが面白くない。
ラグビーのルールで少しわかりにくいのは、モールなどの密集やスクラム内での反則だと思う。スクラムを落とすと、たいてい押されている方が故意に落としたと判定され、コラプシングの反則を取られる。しかし、実際のところ押している方が落とされたように仕組むケースもあるのではないかと思われる。
良く言えばゲーム運びが上手いと言えるが、これは紳士のスポーツとされるラグビーらしくない行為である。
ここがサッカーとは決定的に異なる。サッカーにはその類の薄汚い行為をマリーシアと呼ぶほどで、ゲームの一部とさえ言える。(ペナルティエリアでわざと転びPKを得る。あるいは、相手選手に故意に2枚目のイエローカードを出させる行為)。
ラグビーはアマチュアの選手により行われることが長く続いたこともあり、本質的に紳士のスポーツで、勝敗でさえたいして重要なものではない。そう思う理由は、50対3になってもファンはそのプレーを楽しむために、すぐには帰らないからである(もちろん帰る客もいるが)。そもそも、ラグビーは試合が始まる前から、勝敗なんて決まっているようなものだ。
ラグビーの試合終了の笛をノーサイドと呼ぶが、これは「試合が終わると敵も味方もない」と言う意味である。代理戦争のサッカーとは大変な相違だと思う。
そのようなことから、ラグビーでは「審判は神聖なもの」で済んでいた。選手が判定に異議を申し立てることさえ許されないといった感じで、審判の判定は絶対だったのである。
1980年代、僕が5か国対抗ラグビーを観ていた当時、審判は酷いものだった。その理由は、5か国は、イングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランド、フランスで行われており、常にフランスはイギリス4協会のいずれかの審判で試合をせねばならなかったからである。(アイルランドはラグビーでは北アイルランドも含まれるため)
フランスは機知に富んだ想像性あふれるプレーが多くトライを取る能力も高かったが、あまりにも頻回に反則を取られた。確かに多少ゲームは荒かったが、それにしても審判は酷かった。フランスが反則を取られた時、選手が異議を言った瞬間、審判にはフランス語でわけがわからなかったためか、即座に10m罰退になり、ペナルティキックで得点できる地域に入った。10m罰退に文句を言ったため、更に10m罰退させられたのも何度も観た。従ってスコア的にフランスが圧倒しないと勝ちにくかったのである。
そのようなことから、僕には審判はとうてい神聖な人には見えなかった。
今回、日本は個々の審判の傾向を捉えて、良いコミュニケーションを保ちつつゲームを進めることに重点を置いていたようである。試合中、審判とのお互いの意思疎通は非常に重要だし、それが試合結果にも影響する。
そう思う理由の1つとして、日本チームの主将にリーチ・マイケルをおいていたことがある。リーチ・マイケルはフィジー出身の母を持つニュージーランド人だが、日本で生活した期間はかなり長い。しかし、彼はまだ27歳なのである。一方、五郎丸はその実力や29歳であることから、日本チームの主将を任せられるのが自然だし日本人的にも嬉しい。
しかし、五郎丸は審判と円滑にコミュニケーションをとる点で、リーチ・マイケルに劣ると思われる。なぜなら試合中、審判へ判定の説明を求めることは主将にしか許されていないからである。それなら、主将はリーチ・マイケルが良い。
おそらく、リーチ・マイケルが主将を担ったことが、今回の大飛躍の要因の1つだと思っている。
今大会のグループリーグの日本の3試合は、最初の南アフリカ戦のフランス人審判は、これといったおかしな判定はなかった。とりわけ一方を有利にする判定もなかったと思う。
しかし、2試合目のスコットランド戦のアイルランド協会の審判は酷すぎた。あの審判は、スローフォワードの判定も厳しかったうえ、松島のシンビン(10分間の退場)も、そのプレーでシンビンを取るのか?いった印象だった。審判とのコミュニケーションがうまくいかなかったゲームだが、あのような状況で、かつてのフランスは戦っていたのである。ということは、あれは普通の審判に入るのかもしれない。
悪意に感じたのは、立て続けにスコットランドのトライが決まり勝敗が決した後に帳尻合わせのようにスコットランドの反則をいくつか取るようになったことだ。また、翌日のイギリスの新聞では、「これでラグビーの秩序が保たれた」などの奇妙なコメントが載せられていたが、これっておかしくないか?
サモア戦の審判は、オーストラリアvsスコットランド戦で誤審を指摘されて大騒ぎになった南アフリカの審判(クレイグ・ジュベール審判)だった。あの試合、サモアのファンから見ると、同じ時間帯に2名もシンビンの反則を取られ厳しすぎると感じたであろう。危険なプレーは今大会よくシンビンにされているが、同じ時間に2名目は取りにくいのが普通の感覚である。クレイグ・ジュベールは、国際的には力量を認められた優れた審判である。攻撃側に有利に笛を吹く傾向がある審判だったため日本に有利に働いた。
日本は、スコットランド戦で普通の審判が笛を吹いたとしてもたぶん敗れたと思うが、あのような大差にはならなかったような気がする。したがって、ボーナスポイントまで与えたかどうかは微妙である。
問題は、スコットランドvsサモア戦である。この試合、サモアは比較的若い選手を優先して出場させたが、かえってモチベーションの高い選手が多くなり予想外の好試合になった。前半はサモアがリードして折り返し終盤まで接戦だった。スコットランドの決勝トライは仔細に観ると、ノックオンを取られてもおかしくない場面があり、反則を取られなかったこと自体がラッキーだったと思う。
この映像の2分37秒辺りで、レイドローがノックオンしているように見える。あれはノックオンを取られても不思議でないプレーである。
スコットランドはサモア戦は予想以上の苦戦で、4トライ以上のボーナスポイントも得ることができなかった。また審判によれば勝利できたかどうかも怪しい。
スコットランドはグループリーグで判定で幾度となく恵まれたわけで、決勝トーナメントのオーストラリア戦の最後の場面、ノックオンオフサイドの誤審で非難するのはラグビーらしくない妙な話だと思う。
あの場面はスロービデオではない映像では普通にノックオンオフサイドに見えるプレーであり、クレイグ・ジュベールがとりわけ酷い判定をしたわけではない。あの場面で、テレビ判定ができないのであれば、他のたいていの審判は同じ反則を取ったと思われる。
イングランドの過去のプレーヤーやスコットランドの解説をしていたヘイスティングス氏がクレイグ・ジュベールを酷く非難したのは、長く文句も言えなかった「ラグビーの審判は神聖なもの」の反動のような気もする。また南アフリカの審判だったことも大いに関係している。
ラグビーは1995年大会頃から次第にアマチュアからプロの選手が主体のワールドカップになり、個々の試合結果に「選手の生活がかかる」ようになった。「試合のスコアなど大きな問題ではない」と言うわけにもいかなくなったのである。
現代ラグビーでは、サッカーのように誤審が大問題になってもやむを得ないといったところだと思う。
昔、5か国対抗ラグビーを見ていた時代とは隔世の感があるといったところだ。
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ラグビーワールドカップの審判と日本チームのことなど
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