ここ5年くらいで妊娠出産した患者さんが数名いる。彼女らは、薬を飲んでいるから出産はしないという考え方はしていないように見えた。その理由は、出産する際にどのような薬だと危険性が低いか積極的に聴いていたからである。
イギリスの精神科の教科書やマニュアルでは、女性を診たら独身でも妊娠の可能性を考慮しておくといったフレーズが出てくる。これは独身でそんな風には見えなくても、薬の催奇形性などのリスクについて注意喚起したり、葉酸を勧める指導などを意味している。(以下)
「妊娠を考えている女性はもちろんであるが、ほとんどの妊娠は予定外なので、妊娠可能な年齢でテグレトールやデパケンを服用中の女性にも、毎日4mgの葉酸の投与をすべきであろう」
自分の患者さんは、服薬しているから出産を控えることはしないが、最小限の処方内容で出産しようとしていたようであった。
過去ログにもあるが、何も服薬していない健康な人でもこのタイプのリスクがある。服薬しつつ出産するかどうかは、その夫婦がどのくらい挙児を希望しているかもかなり関係する。医師としてはできれば服薬なしが望ましいが服薬しつつ出産するにしても、
できるだけ単剤。
できるだけ催奇形リスクが低い薬。
用量も可能な限り少なく。
の3点を重視する。向精神薬では催奇形性リスクBはほとんどないため、実質的にCから選ぶ感じになる。Dは避けたいところである。また日本で妊娠時に禁忌とされている薬はもちろん避ける。
出産した女性を思い出す範囲では、
デプロメール単剤(100㎎くらい)
エビリファイ1.5㎎
レクサプロ+ソラナックス0.8㎎
の3名くらいが挙げられる。それ以外はここ5年くらいでは多分いなかったと思う。上記はいずれも本人と話し合って決めた処方である。しかしどのようにするとリスクが減るか助言はしたが、結局は本人の希望に沿った部分が大きい。上の3名のうち3が最もリスクが高いが、かといって著しく高いと言うほどではない。ベンゾジアゼピンは催奇形性は抗精神病薬およびSSRI全般よりリスクが高いものの催奇形性の規模(内容)はさほど高くない(デパケンなどと比べ)。
2はブプロピオン単剤かエビリファイ単剤かで悩んだが、エビリファイ単剤で行けるところまで行き、難しかったらブプロピオンに変更するといった方針で臨んだ。ところが、うそみたいに妊娠中は安定しており、エビリファイで出産まで行けたのである。この人にはエビリファイは少量で効くが、ブプロピオンももっと有効なのがわかっていたので、本邦で発売されている薬から開始する方が自然だと思う。
この3人の結果だが、見かけ上健康な子供を出産している。以下参照。
【B】
動物生殖試験では胎仔への危険性は否定されているが、人、妊婦での対照試験は実施されていないもの。あるいは、動物生殖試験で有害な作用(または出生数の低下)が証明されているが、ヒトでの妊娠期3ヵ月の対照試験では実証されていない、またその後の妊娠期間でも危険であるという証拠はないもの。
【C】
動物生殖試験では胎仔に催奇形性、胎仔毒性、その他の有害作用があることが証明されており、ヒトでの対照試験が実施されていないもの。あるいは、ヒト、動物ともに試験は実施されていないもの。注意が必要であるが投薬のベネフィットがリスクを上回る可能性はある(ここに分類される薬剤は、潜在的な利益が胎児への潜在的危険性よりも大きい場合にのみ使用すること)。
【D】
人の胎児に明らかに危険であるという証拠があるが、危険であっても、妊婦への使用による利益が容認されるもの(例えば、生命が危険にさらされているとき、または重篤な疾病で安全な薬剤が使用できないとき、あるいは効果がないとき、その薬剤をどうしても使用する必要がある場合)。
【X】
動物または人での試験で胎児異常が証明されている場合、あるいは人での使用経験上胎児への危険性の証拠がある場合、またはその両方の場合で、この薬剤を妊婦に使用することは、他のどんな利益よりも明らかに危険性の方が大きいもの。ここに分類される薬剤は、妊婦または妊娠する可能性のある婦人には禁忌である。
注意点として、アメリカFDAは2015年6月に薬物の催奇形性カテゴリー分類を廃止している。そのかわり、個別に具体的な安全性とリスク評価を記述形式で添付文書に記載するよう義務付けている。これは、各カテゴリーで(たとえばcなど)かなりバラつきが生じていたからである。