いわゆる古典的な不安神経症の人たちは、今は社会不安障害(社交不安障害)と診断されることが多いのではないかと思う。そもそも神経症のカテゴリーのうち、明確にレセプト病名として挙げられている診断名はあまりない。近年ではその本質が自閉性スペクトラム(ASD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)であればそう診断されることもあるはずである。
ずっと以前、何らかの精神疾患の主訴が「外出時や特定の環境での嘔気」と言う人たちはいた。彼らはほとんどが神経症範疇であり、そのために精神荒廃に至ることはなかった。
当時、このような嘔気にはプリンぺランやドグマチール(スルピリド)が処方されることが多かった。また定型抗精神病薬には嘔気を減じる作用があるため、温和なメレリルや少量のコントミンを試みることもあった(ドグマチールも同じ)。ただ、このような症状は神経症の人が多いので強い抗精神病薬を継続投与することは難しかったのである。
当時の処方例
ドグマチール 150㎎
ワイパックス 1㎎
他、
プリンペラン 15㎎
レキソタン 6㎎
など。このタイプの嘔気、腹痛、下痢は不安障害が背景にあることが多く、ベンゾジアゼピンが併用されることが多かったように思う。
現代社会では、社会不安障害にはレクサプロを始めとするSSRIを第一選択に投与されることが多いが、SSRIは嘔気や腹痛、下痢は副作用として挙げられているほどである。つまり嘔気を伴う人たちには、社会不安障害の適応があったとしてもSSRIは治療的ではないのである。(その中でもレクサプロはまだ処方しやすい方)
このような人たちは、今でもベタベタな古い処方で対処されることが多いと思われる。(上記のような処方、古い処方はやたら錠数が多くなるのが難点)。
また、上の処方に下痢に有効なタイプの漢方薬が併用されることも多い。特に精神科的なストレス由来の消化器症状は半夏瀉心湯が定番であり、他、五苓散、六君子湯、桂枝加芍薬湯、四君子湯なども処方されることがある。かくして更に処方数が多くなるのであった。
下痢型の神経症の人は男性に多いが、近年は女性も診るようになった。最近は、このタイプの疾患にイリボーも処方されるようになっている。女性にも処方できるが上限は男性の半分の5μgまでである。(男性の開始用量は5μg、女性は2.5μgから開始する)
イリボーは遠心性神経のセロトニン5-HT3受容体に拮抗することで下痢を改善し、求心性神経のセロトニン5-HT3受容体に拮抗することによって腹痛を改善する。適応的には下痢型過敏性腸症候群の治療薬であるが、嘔気も改善するようである。
実際、社会不安障害系の嘔気を伴う神経症の人にイリボーを処方すると、嘔気が軽くなったと言う人が多い。
イリボーは現代的な作用機序を持ち、精神科外来での処方がシンプルになるメリットがある。