かつて、テグレトール(カルバマゼピン)はてんかん、躁うつ病、統合失調症にも適応がある万能型の向精神薬であった。この薬の添付文書の効能効果は以下の通りである。
1、精神運動発作、てんかん性格及びてんかんに伴う精神障害、てんかんの痙攣発作:強直間代発作(全般痙攣発作、大発作)
2、躁病、躁うつ病の躁状態、統合失調症の興奮状態
3、三叉神経痛
主に処方された疾患は、頻度的にはてんかんだったと思われるが、これはテグレトールはアレビアチンのような神経毒性が高い薬に比べまだ安全性が高いこともあったと思われる。また、テグレトールはてんかんに伴う精神症状に有効とされており、他の抗てんかん薬にはない使い方も可能だった。これは今でも同じ目的の処方がある。上の3の三叉神経痛はしばしば劇的に改善するため、この点でもテグレトールは現在でも有用である。
テグレトールの躁うつ病の適応は、デパケンが取得する以前に認められており、現在はそれほどではないが、かつてはリーマス+テグレトールの処方をよく見かけた。ところが今はあまり見なくなっている。
注意点としてリーマスおよびテグレトールは、適応的には、
躁病、躁うつ病の躁状態
であり、厳密には躁うつ病のうつ状態には適応がない。双極性のうつ状態に感覚的にテグレトールは3環系抗うつ剤に構造が酷似しているため効いておかしくないし、かつては多少は良いように言われていた。誰に良いように言われていたかと言えば、一般臨床医である。
双極性うつ状態にはテグレトールはオープン試験でやや有効といったところであるが、より強いエビデンスで推奨されている治療がありエビデンス的には弱い
しかしながら、リーマスの双極性のうつ状態への効果が軽視されていたことに比べ、テグレトールは構造式的な先入観もあって、躁状態にもうつ状態にも対応できる気分安定化薬とみなされていたことは重要だと思われる。
なお、テグレトールの単極性うつ(普通のうつ病、うつ状態)への効果は、単剤ないし増強療法で有効(かも?)とされているが、これもエビデンスは弱い。
今でも、躁うつ病のうつ状態をなんとかしようとする際、テグレトールは中毒疹など副作用に気を付けて使う価値のある気分安定化薬と言えるだろう。
テグレトールは汎用すれば、必ず重い中毒疹に遭遇する。これはラミクタールのように少量から漸増する手法をとられないこともかなりある。臨床医にとって、テグレトールは、スティーブンスジョンソン症候群など重篤な中毒疹を起こしうる薬なので、てんかんに処方するのであれば、ある程度やむを得ないが、躁うつ病にはなるだけ後回しにして使いたくないといった心理が働いていた。これは今でもそうだと思われる。
テグレトールは新規抗てんかん薬やデパケンなどに比べ副作用が多く、規模も大きく、忍容性の比較的高い人しか継続できない。しばしばみられるものとしては、めまい、傾眠、運動失調、悪心、複視、頭痛などである。口渇、浮腫、低ナトリウム血症、性機能障害なども出現することがある。また中毒疹の副作用も、向精神薬全般の中でも多い方だと思う。稀だが重篤な副作用として、顆粒球減少症および再生不良性貧血がある(2万人に1人)。
また、テグレトールを他の向精神薬と併用した場合、肝酵素を強力に誘導し、ほとんどの抗精神病薬、抗うつ剤、ベンゾジアゼピンの血中濃度を下げる方向に働く。(テグレトールはCYP3A4で代謝される)。逆に、CYP3A4を阻害する薬物を併用することでテグレトールの血中濃度が著しく上がることがある。
CYP3A4を阻害する向精神薬
パキシル
デプロメール(フルボキサミン)
PZC
プロザック
(向精神薬以外では、ワソラン、タガメット、ヘルベッサー、エリスロシン)
なお、テグレトールはそれ自体、代謝を促進するため、血中半減期は最初は30時間であるが、長期投与で短縮し次第に12時間ほどになるという複雑な経過をたどる。
このようなことから、テグレトールをてんかん以外の精神疾患に処方した場合、相互作用により、使わなかったら起こらなかったであろう失敗に繋がることがある。
また躁うつ病治療に関しては、気分安定化薬だけでなく、ジプレキサやエビリファイにも適応が認められたことや、セロクエルも適応外処方で使われるようになったことも大きい。
テグレトールがあまり使われなくなった理由のまとめ。
1、テグレトールと代替可能な新規抗てんかん薬が多く発売されたこと。
2、躁うつ病の治療において、他の気分安定化薬に比べエビデンスレベルがさほど高くないこと。
3、ジプレキサやエビリファイの躁うつ病適応取得。
4、副作用が多く忍容性が低い人たちが脱落しやすいこと。時に重大な副作用が起こりうること。
5、肝酵素を強く誘導し、他の向精神薬を操作し薬物療法を複雑化させること。
参考