ある日、知り合いの神経内科の医師から「この人診てください」といった感じで紹介があった。その総合病院で、医療スタッフだけでなく医療事務などにもクレームが多く、しばしば現場を困らせていると言う。枝葉末節でどうでも良いことで時間を取らせているらしい。
その男性の生活歴を取っていると、やたら僕の話に割り込み、ゆっくり話を聴いてなどいない。必ず自分の意見を主張する。そして少し前にバイパスが大渋滞していた事件の詳細が判明したのであった。
その大渋滞の原因は、彼が車の割り込みに怒り、信号待ちで割り込んで来た車の運転席のドアに直行し、ドライバーを引っ張り出し、大変な剣幕で怒鳴っていたためである。これでは大渋滞するはずである。
(あの渋滞は、あんただったのか?)←副音声。
これは発達障害の視点で治療可能性もけっこうあると思われる。彼は瞬間湯沸かし器のように怒りが湧き、また周囲の立場にたって物事を考える視点がない。また周囲が迷惑するとか微塵も考えていない。だからこうなるのである。
このような人は1つ薬を選ぶなら「ストラテラが良いですね」と言った感じである。(=アトモキセチン)。
ストラテラ(アトモキセチン)の用法用量(18歳以上)
通常、18歳以上の患者には、アトモキセチンとして1日40mgより開始し、その後1日80mgまで増量した後、1日80~120mgで維持する。ただし、1日80mgまでの増量は1週間以上、その後の増量は2週間以上の間隔をあけて行うこととし、いずれの投与量においても1日1回又は1日2回に分けて経口投与する。なお、症状により適宜増減するが、1日量は120mgを超えないこと。
この男性患者では、添付文書の通りに40㎎から開始し80㎎まで増量し、しばらく様子を見ていた。少し時間が経つと、次第に剣のようなものが軽減してきた。人あたりが変わった感じである。もちろん生活指導も同時に行っている。
代表的なADHDの薬としてストラテラとコンサータがあるが、ストラテラのこのような穏和な作用はけっこう好きである。コンサータが速球型の投手なら、ストラテラは変化球も投げられる好投手といた感じである。
しばらくして紹介医師に会う機会があり、その後の経過を聴くと、人が変わったように穏やかになりスタッフと揉めなくなったという。大変助かっていると言う話であった。
ストラテラの効果発現だが、2週~6週間くらいで安定すると言われている。彼の場合、忍容性が十分なので最大量120㎎まで増量し継続した。
ある日、彼が受付を済まし外来で診察を待っていた。その時、たまたま病状の悪い覚醒剤中毒後遺症の患者さんが外来に受診し「入院させろ」と外来中に響き渡るほどに大声で叫んでいたのである。
一応、自分の病院は覚醒剤関係の患者はあまり診ないが、警察経由で初診した人が留置が終わった後にそのまま僕の患者になることがあるためゼロではない。
その日、ストラテラの彼は、「まるで昔の自分を見ているようだった」と言う。それくらい内面は変化していたのである。
また、ある日彼が自転車に乗っていた時に人とトラブルになりそうになった。その時、「他人とのトラブルの時に自分でも考えられないほど落ち着いて対応できた。」という。
彼によると、運転中に周囲の動きに惑わされて怒りが出ることがなくなってきたと言う。例えるなら、いつもジャガーに乗っている感じらしい。(ジャガーはそうなのか?)←副音声。
ストラテラを服薬中の患者さんに効き方について聴いてみたところ以下のような感想があった。
〇ストラテラを飲むと、朝のぼんやり感が減ってシャキッとする。
〇朝から集中できる。
〇飲み忘れると、物事に執着が強くなり困る。
〇アトモキセチンは視野が広がる。(発達障害的な視野の狭さが改善すると言う意味)
〇落ち着いて物事に取り組める。段取りが良くなる。
〇対人関係のトラブルが減る。
〇仕事中のパニックが減る。
なお、上の人は紹介されたことを凄く感謝していて、服薬も真面目に続けている。今はアトモキセチン40㎎を3カプセル飲んでいるが、なんと他の向精神薬は一切ない。また、一度も抗精神病薬を使ったことがない。
彼は人柄とかパーソナリティで仕方がないわけではなく、精神科で治療すべき人だったのである。