妄想には、統合失調症っぽいものとそうでないものがある。以下は過去ログから。
統合失調症では普通、幻視は稀で、幻聴がほとんどである。ただし、統合失調症でも幻視がみられることもある。
レビー小体型認知症では「男の人が来ている」「虫が見える」などの幻視がみられるが、これは内因性ではなく器質的な幻覚である。さまざまな薬物中毒においても幻視がみられるが、これも器質性である。高齢者のせん妄における幻視も器質性である。
逆に器質性疾患でも幻聴がみられることもある。一般に幻聴でもその内容に意味がなくなるにつれて器質的色彩が強くなる。
これらの定石をおさえつつ、患者さんの幻覚を診るべきだと思う。
ある時、インヴェガで治療中の患者さんが入院が必要なほど悪化し紹介入院となった。その患者さんの幻覚は典型的なシュナイダーの1級症状で、「自分の考えが周囲に伝わっていく。自分の考えが反響する」と言ったものであった。その患者さんは明瞭に幻聴を訴えることはなかったが、保護室で毛布をかぶって震えている状態なので、幻聴も言わないだけであったかもしれない。
思考伝播とか思考奪取などのシュナイダーの1級症状は、実は統合失調症の人からなかなか聴けない精神症状である。(稀というべきか、あまりそのように話してくれない)
この人は治療が容易ではなく、いろいろな抗精神病薬を試みた。インヴェガについては、ゼプリオンの最高量を使っても幻覚が消退することがなかったので、インヴェガ、ゼプリオンを諦めている。
ジプレキサやロナセンなどほとんどの非定型抗精神病薬を試みたが、どのような薬もぱっとせず、保護室からは出られても開放病棟にまでは転床できないレベルのままであった。
そして、思い切ってリスペリドン(先発品リスパダール)を試みることにした。リスペリドンを漸増し6㎎を維持してみた。前薬はプロピタン600㎎である(並行して漸減中止)。
ところが、奇妙なことが起こったのである。
その患者さんは幻視を見るようになったのである。それも周囲が血の海になるという恐怖の光景である。余談だが、このような光景はスタンリーキューブリックのシャイニングで出てくる。これは未だかつてなかった症状であった。そこでリスペリドンに追加してエビリファイ6㎎~12㎎を追加してみた。
すると、これまた不思議なことに幻視は消退したのである。
これは色々な考え方ができるが、「血の海」の幻視体験はリスペリドンの副作用だと思う。エビリファイが効いているという考え方はあまりにその局面しか見ていない。
元々、エビリファイは何回も試みていたし、エビリファイ単剤とかエビリファイ+ジプレキサなどの組み合わせは全然うまくいかないのである。しかし、これらの処方で「血の海」が診られることはなかった。
エビリファイは他の抗精神病薬と併用するとブロック的に働くことがあり、もう1つの抗精神病薬の欠点を緩和することがある。例えばリスペリドンとエビリファイを併用することで高プロラクチン血症を改善するなどである。
上の場面では、エビリファイはリスペリドンの副作用をブロックしているように見える。もしこの併用で思考伝播などの1級症状が改善するのであれば良いと言えるかもしれないが、肝心な症状が良くなっていない。この併用は続けられないと思った。この併用でうまくいったとしたら、非常に狭い場所を突破しているのでウルトラCだと思う。
そもそも、このタイプの幻視がこの人に初めて出現したことも考慮したい。幻視はも本来、器質的所見である。薬剤性の幻覚は器質性である。
その後、ラツーダが発売され、今はラツーダ80㎎とリーマスでコントロールしている。ラツーダは完全に改善はしないが、それでも他の抗精神病薬より遥かに良い。副作用もない。このシンプルな抗精神病薬単剤処方で開放病棟に移床できたのである。
今回の記事はリスペリドンを貶めるものではない。そもそも、このような奇妙なことはジプレキサを始め非定型精神病薬では稀に診られるものである。今回はたまたまリスペリドンだっただけである。また、もしリスパダールの先発品ではこのようなことが生じないとしたら、衝撃的なことだと思う。
なぜそのような先発品および後発品について言及するかと言えば、この人はインヴェガでは「血の海」がみられないからである。インヴェガは製法が難しすぎて先発品しかないという特殊な薬である。
今回の記事は、薬が効いている、効いていないという2つの事象以外に、上のようなこともありえるので注意するといった内容である。
(おわり)
参考