うちの病院は比較的古い向精神薬の品揃えが多い方だと思う。これは院外薬局も同様で、これがメリットになることが多い。
時々、他の病院から転院患者があるが、この品揃えの多さのために転院前より病状が改善する確率が高い。
例えば、フルデカシン(筋注)を主剤の患者さんが転院してきた。この患者さんはコロナパンデミックの環境もあり入院をしばらくしてから退院する予定であった。
転院後、しばらく様子を見ていると、なぜフルデカシンなのかなんとなく理解できた。この人にとってのフルデカシンはそれしか治療方法がないからフルデカシンなのである。つまり大抵の非定型抗精神病薬は合わない。それどころか、かえって病状を悪化させるようなのである。
わりあい服薬できる非定型抗精神病薬はクエチアピンのみで、しかしこれを主剤に治療することは難しい。
最初、愚かなことに、僕はジプレキサ(オランザピン)を追加して様子をみたのである。
ジプレキサなんて、失敗するに決まっているじゃない。フルデカシンを3Aも筋注されているのに。
結局、ジプレキサ追加のため、大変な病状悪化に見舞われ、病棟看護師さんに迷惑(仕事が増えること)をかけてしまったのである。
なぜジプレキサなのかというと、これで変更できれば1剤で治療でき、後が便利だからである。フルデカシンも中止できそうだし併用されているクエチアピンも中止できる可能性が高い。
より新しい新薬、ラツーダなどももちろん失敗であった。
そのようなことから、旧来の薬を試みることにした。わりあい改善の確率が良さそうな定型抗精神病薬である。最初、選ぶとしたらプロピタンかクレミンだと思った。プロピタンとクレミンなら潜在的な失敗率がプロピタンの方が低いと思ったので、プロピタン2錠(100㎎)から始め漸増することにした。フルデカシンが中止できればなおよい。
なぜフルデカシンを中止あるいは減薬したかったかというと、この人にとって欠点が目立つからである。フルデカシンは精神病治療的には確実に良い選択肢で、少なくともあらゆる非定型抗精神病薬より遥かにマシである。そのような理由でフルデカシンが選択されていたわけで、前医は良くやっていると思った。
欠点とは、フルデカシンにより振戦とジストニアが生じていること。しかも十分に精神症状がまとまっているわけではない。
最近の過去ログにジストニアの記事があるが、この人もいつも右肩が下がっていた。このタイプのジストニアはアカシジアに診られるような苦痛が少ないので、本人はこれを理由にフルデカシンを止めたいとは言わない。ほとんどのジストニアは疼痛もないからである。
プロピタンを処方したところ、明らかに良かった。日常の執拗な訴えや他患者との口論(喧嘩)が減少したのである。しかし3錠(150㎎)まで増量すると傾眠が強くなり、オーバードーズに見えた。これは驚愕すべきことで、フルデカシン3Aを筋注し続けている人がプリピタンの150㎎を服薬できないのである。
そこでプロピタンを100㎎まで減量し、併せてフルデカシンを減薬した。フルデカシンはなんとか1.5Aまで減量できたが、この減量でほとんど振戦とジストニアが目立たなくなった。それでもまだ少し副作用が残遺しているので、この人は忍容性的にあまり高くはないのであろう。プロピタンを100㎎追加しただけでこの改善なら治療側としても大助かりである。
患者さん本人も、今のコントロール状況を非常に喜んでくれた。なんと40年も治療している患者さんでもこの変化なのである。統合失調症の患者さんは病識はなくとも、何らかの苦痛の減少は体感できると言ったところだと思う。
過去ログにも困ったときにプロピタンが良いと記載している。
しかしながら、今の精神科病院の院内薬局にはプロピタンのような古い薬は置いていないことが多いと思うよ。
向精神薬の品揃えが多いことは、守備範囲が広いということなんだと思う。