病棟の80%の患者さんが新型コロナウィルスに感染するほどの大きなクラスターが起こり、その病棟が職員も含め集団免疫状態になると、それまでできなかったことが色々できるようになる。しかもこの環境が3ヶ月から半年続くのである。
現在も患者さんの家族は病棟に入ることはできない。これはうちの病院に限らず、大抵の精神科病院も同様だと思う。これまでiPadなどのタブレット面会をするくらいが限界だった。精神科は一旦新型コロナウィルスが入ってしまうと多数の患者さんが感染してしまうからである。
僕は総合病院にリエゾンに行くが、長い期間、病棟に入っている家族を見ることがなかった。亡くなる直前の特別な時期に限り時間制限で面会ができるといった感じだったようである。また、かつては多くの看護学生や薬学部学生、あるいは医学部の学生も病棟内で見たが、そういう場面をほとんど見なくなった。今でさえ、学生は看護学生に限り見るくらいである。
しかし最近はすこし様相が変わっている。時間制限で家族は面会もできるようになっているらしい。しかし例外的ではあるらしく、見たとしても少ない人数である。
この移行がうちの病院ではできないでいた。それは精神疾患の特殊性ももちろんある。今でも病棟に家族を入れたことは一度もないが、面会の状況はかなり違う。一度新型コロナに感染した患者さんはしばらくは再罹患しないので、外来まで患者さんに来てもらい、直接、家族に見てもらえるようになった。
精神科病院はオープンであるべきといった過去ログがあるが、僕は治療状況を時系列的に家族に見てもらう方が良いと思っている。そうでないと、家族は精神疾患が良くなっていると言う実感が得られにくい。これは精神科では結構重要なことである。
新型コロナパンデミックの環境では、家族と患者さんが隔絶されている状況で医師は治療を進めなければならない。これは精神科病院に限らず、多くの身体科病院や老人ホームでも同様だと思う。
タブレット面会だと臨場感が不足するし、細やかな精神症状の改善が伝わりにくい。それは患者さんの姿勢だったり、歩行状態だったりする。表情だけではないのである。
最近ある若い患者さんを治療していて歩行状態について看護師と話したことがあった。彼は統合失調症だが、あの歩き方ではまだ退院できそうにないと言った会話である。彼が健康な時、どのような歩き方だったのか知る由がないが、その日の歩き方ではなかったのは間違いない。
歩行状態はパーキンソン病などの神経病で語られるが、統合失調症でも薬物要因を排除しても健康的ではないと感じることは確かにある。また、その些細な精神症状も、彼の脳の健康度を反映しているのである。
結局、その1ヶ月後くらいに退院させた。退院直前に同じ看護師さんに、あの時より歩行が自然になったと話したのである。精神科では、姿態に張りがないと言う精神症状を語るフレーズがあるが、広く言えばそう言うことなのだろう。
またADLが低い高齢者を施設に退院させることも以前よりずっとしやすくなった。やはり精神症状がある高齢者を施設に入所させることは、実際に施設職員が本人を見てみないと応じてくれない傾向がある。クラスター収束以降、本人を外来の広いスペースで見てもらうことで話が進めやすくなった。施設職場を病棟内に入れることはないが、実際に本人をリアルに見てもらうことが重要なのである。
また、高齢者施設やグループホームも施設側が許可してくれさえすれば本人が実際に訪問し見学できるようになった。このような環境の改善により、少なくとも運営がスムーズになってきたのは確かである。
精神疾患の治療はやはり家族や施設との円滑な交流が重要だと思う。それがないと、話が進まず不必要に入院期間が伸びたり、いろいろなところに支障が出てくる、特に高齢者やグループホーム入所レベルの患者さんはそうである。
高齢者で特別な精神症状のために施設入所が難しいのは精神症状に起因する放火歴である。実際のところ、施設内禁煙の施設はライターやマッチなどは簡単に置いていないが、施設側はそれでもリスクを考慮するものだ。
そう言う高齢者でも施設職員に本人を実際に見てもらうことができれば、入所可能かどうかの判断に大きな影響を与える。本人を見るかどうかは大差なのである。