2014年10月1日から、精神科外来では、抗不安薬、眠剤は2剤まで、抗うつ剤及び抗精神病薬は3剤までに制限され、このルールに従わない場合、診療報酬のいくつかの項目で減点となる。
すぐに施行されない理由だが、移行期間を設けないと整理が出来ない人がいるからであろう。一部のマスコミで、4月1日から施行されるなど間違った報道があったが、ざっくり言うと上のような内容である。
細かいルールがあり、上記のルールに従わないような人が転院してきた場合とか、薬のスイッチングの際にはルールに従わない処方も3ヶ月~6ヶ月の範囲で許される。そうしないと、多剤併用の人の転院など、どの精神科病院も外来で受けつけなくなるから。(転院6ヶ月、スイッチング3ヶ月)
抗うつ剤3剤、抗精神病薬3剤といった制限は比較的甘いので、これに抵触する処方はあまりないのではないかと思われる。外来患者ならなお更である。
しかし、かなり頑固な不眠の人がいるのは事実で、このような人はベンゾジアゼピン系の眠剤を減らし、眠気の出る抗うつ剤や抗精神病薬を併用するしかないであろう。ルールに従わない処方は病院が赤字になるからである。
今回の「眠剤及び抗不安薬の2剤まで制限」が悪い結果をもたらすことを懸念している。(重要)
その理由は、穏和なタイプの眠剤、ロゼレムや同じく穏和なタイプの抗不安薬セディールなど、本来好ましいとされる薬が全然使われなくなるように思うからである。
投与できる種類が制限されると、重い不眠の人には穏和な効果の眠剤は使い物にならないため、自然と強力で持続時間も長い眠剤が主に使われる傾向になる。また、更に重い不眠や不安障害の人には、ベンゾジアゼピンではなく、抗うつ剤や抗精神病薬が積極的に処方されるようになるであろう。
つまりだが、結果的に「悪貨は良貨を駆逐する」事態になる。その理由は、本来処方しなくても良かったセロクエルやヒルナミンなどが使われかねないからである。
元々、勘違いしていると思われるのは、常識的な精神科医であれば、他に変更が効きにくい抗不安薬、眠剤はあまり使わないようにしていること。積極的に使う人はそれなりに理由がある。(例)
一般的には、抗うつ剤及び抗精神病薬の方がベンゾジアゼピンよりも、よりincisiveなのは間違いない。ジスキネジアやジストニアは抗精神病薬では生じうるが、ベンゾジアゼピンは治療的である。この差は大きい。(参考)
もう1つ。
日本で他の先進国より遥かにベンゾジアゼピン系抗不安薬が使われている理由の1つに、日本人は抗うつ剤に忍容性が低い人が西欧人より遥かに多いことがある。(「ペスト」以下参照)
普通、「不安」にはベンゾジアゼピンを使わず、現代社会ならできるだけSSRIを使うようになっている。しかし、そうできないから、ベンゾジアゼピンのソラナックスなどを投与されるのである。このタイプは次第に効き辛くなるので量が増える人がいる。
臨床的には、それでもなお、何剤にも増える人は稀である。従って、クリニックに通うくらいの人は今回のルールで困る人は比較的少ないのではないかと思う。
個人的に、僕はソラナックス、デパス、ワイパックスなどは使わないタイプで、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬は使うならレキソタンかメイラックスである。レキソタンは剤型が5mg錠まであるのが優れている。また、これは抗てんかん薬の扱いであるが、リボトリールを使う。
今回、向精神薬の制限に抗てんかん薬は挙がっていないため、抗てんかん薬は制約がない。ただし、ベンザリンは抗てんかん薬ではあるが、今回の向精神薬の制限では眠剤とされている。(つまり2剤以内に含まれる。)
不安に最も優れるSSRIはレクサプロだと思うので、今後、レクサプロが伸びるかもしれない。ただしレクサプロは、正式に例えば社交不安障害の適応はない。レクサプロなどのSSRIやセロクエルなどの非定型抗精神病薬はベンゾジアゼピンよりは高価なので、医療費もこのルールのために増加すると思われる。これは、より高価な薬を売りたい製薬会社にとって理想的な展開であろう。眠剤の薬価は、ほとんどジェネリックが発売されているためタダみたいなものだからである。
今年8月にスボレキサントという眠剤の新薬が発売されるが、ロゼレムのように迫力を欠く薬だった場合、思うほど処方されない可能性がある。
「新薬はルールの2剤に含めない」といった除外項目などもあったほうが良いかもしれない。
臨床医から言えば、使い慣れない薬は、なぜかあまり効かないからである。(参考)
その他、今回のルールはもう少し複雑な事態を招くかもしれない。
その理由だが、誰にも相手にされない患者さんが出現する可能性があること。処方内容から、どう見ても6ヶ月以内に整理できるとは思えない患者は、病院にとって極めて不利益と見なされ治療を断られる可能性が高い。
今回のルールは施行は10月1日だが、6月頃に現在の薬の整理の進捗状況を調べるスケジュールになっている。その調査の意図は今ひとつ不明なのだが、1つは、その時点でのルールに抵触する患者の数の把握と、各病院間の差異の調査もあるように思われる。
結局、そのような患者が相対的に多い病院は、その地方の厚生局から指導が入る懸念がある。そのような理由で、自分の病院の患者さんならともかく、4月の時点でさえ、他病院で多剤併用になってしまった患者など受け入れたくないであろう。
そのような人は治療を断られ、その結果、部分的に数ヶ所の精神科ないし内科で眠剤や抗不安薬を貰わざるを得ないようになるかもしれない。
そのようなことが多くなると、患者さんが服薬するトータルの抗不安薬や眠剤が、それぞれの病院では把握できないという事態になりかねない。
精神科治療にとって、それが良くないのは当然であろう。
リタリンの騒動の時もそうだが、一部の病院、クリニックの常識はずれの行為が全体に波及し、結果的に患者さんに不利益をもたらしている。
また、それに対する施策もあまりにも杓子定規であり、現場感覚が欠如していると思う。
参考
抗不安薬、睡眠薬の投与制限
ロゼレム
ロゼレムとベンゾジアゼピン系眠剤
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外来における向精神薬投与制限
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