あるSSRIでうまくいかない場合、治療戦略の1つは他のSSRIに変更することである。自分の場合、最初からSSRIはあまり使わないタイプの精神科医なので、このような選択になることが意外に少ない。
パキシルは強力なSSRIだが、人によると減量が容易ではなく、まして統合失調症の人の「うつ状態」に併用されている場合、これを減量するだけで幻聴が惹起する。全く迷惑な話である。
パキシルは40㎎処方されている場合、とりあえず触らないで様子をみるか、半分だけ減らす。そして他をあたりたい。
ジェイゾロフトやデプロメールで治療されている際には、レクサプロを試みるのは一考である。レクサプロこそピュアなSSRIであり、特にうつに伴う不安感に良い。
SSRIに良い点があるとすれば、認知への悪影響や身体的な副作用(3環系抗うつ剤にみられる鎮静や尿閉、心臓への悪影響)が少ないことである。ただし、レクサプロはQT延長の副作用を持つことは有名である。僕はレクサプロを処方する際、必ず心電図を取るが、そうしない精神科医も多いのではないかと思う。特に心療内科クリニックの場合。
レクサプロのQT延長は看過できない重大な副作用だが、死に至るほどの大事件はかなり稀だと思われる。しかし現代社会では、薬に極めて繊細で脆弱な人たちは稀ではなく、須らく心電図を取りながら処方前、処方後を比較すると、意外にレクサプロでQT延長する。
僕がここまで慎重にレクサプロ程度で心電図を取るのは、1回だけだが、薬剤性のQT延長のために、自分の目の前で心停止を起こした患者さんを経験しているからである。
その人は即座に心マッサージを行ったため、後遺症を残さず救命したが、その後の治療に困った。「そういう人は薬を使わず精神療法のみで治療した方が良い」なんてのんきなことを言っている人は、精神科医を辞めた方が良い。その人は希死念慮が酷く、何度も自殺未遂をしているような人なのである。
その人は結局、除細動器埋め込み術を実施し、βブロッカーの高用量を併用することにより、普通に薬物治療可能になった。
一度、こんなこともある。ある年配の女性で、普通のSSRIで全然改善しないため、うちの病院に転院してきた。うちには偶然、初診しており紹介状などなかった。なんと、紹介元の内科医は彼女に「なぜ精神科病院に転院するのか?」問うたらしい。(この話は、今でも時々笑い話で出る)
彼女はたいていの抗うつ剤はあまり効かなかった。その人は3環系抗うつ剤では、たぶん先天性に由来すると思われるが、QTがちょっと怖い程度に延長するのである。それでもなんとか改善させなければならない。
そこで、本人を入院させ、慎重にアナフラニールを4分の1アンプルだけ点滴することにした。この結果だが、たった4分の1アンプルだけなのに、アナフラニールは劇的に効いたのである。しかし、4分の1アンプルを超えて増量できなかった。彼女はアナフラニールは治療用量を内服するのは無理なので、アナフラニール点滴は応急的な処置と言える。
その後、レクサプロが発売になった。なんとなくだが、レクサプロ内服よりはアナフラニールの点滴の方がよりQT延長のリスクは高そうに見える。抗うつ剤を血管に直接入れているからである。
彼女の場合、なんだかんだ言って治療できる用量の3環系抗うつ剤の内服は良くない。全く効かないか、効いてもQT延長のため見ていられないというか。
レクサプロは不安感に有効性が高いが、更年期を過ぎた女性のうつ状態では、不安感が大きな問題になることは稀ではなく、その視点ではレクサプロは良さそうに見える。
そこで、レクサプロを4分の1錠、つまり2.5㎎だけ処方することにした。彼女の場合、何も飲まない場合、全く心電図は異常所見はなく、QTも延長していない。しかし、これらの薬に極めて鋭敏に反応する。
結果だが、彼女はアナフラニールを4分の1アンプル点滴するより、遥かにレクサプロ4分の1錠の方がQT延長を来したのである。
このようなことから、レクサプロのQT延長という副作用は軽く見てはならないと思われる。
しかし、レクサプロによる心停止が問題になっているという話は全然聴かないので、多少QT延長したとしても死亡事故までは滅多に起こらないのではないかと思われる。
レクサプロの製薬メーカーは、どのように言っているかというと、
レクサプロによるtorsades de pointesは1500万人に1人。レクサプロのQT延長はジプレキサ程度。レクサプロ20mgで20msec程度の影響がみられる(つまり20msec程度延長する)心源性不整脈はむしろ他のSSRIよりは低い。
という話である。このようなことを考えていくと、どうも自分には極めて稀な、特異体質の人たちが集まってきていると言わざるを得ない。
2番目に挙げたアナフラニール4分の1アンプルの女性だが、最近の調子を聞いてみると、断然、転院前よりは良いと言う。普通に生活できているのが大変な改善なんだと。なお、今はアナフラニールを点滴する必要はない。
彼女は最初は、ラミクタールはあまり効果的ではなかったが、増やしたり減らしたりしているうちに次第に効くようになった。なんだか変な言い方だが、本当にそうなので仕方がない。退院直後の処方は、
ラミクタール 100㎎
テグレトール 100㎎
ルジオミール 50㎎
フルニトラゼパム 2㎎
と言ったものである。(他、降圧剤。今は処方内容は変わっているが)
今日の記事は、まとまりなく書いているように見えるかもしれない。実は別のタイトルで、余談のような感じで書いていたら、とても長くなりそうだったため、QT延長の話の部分だけ抜粋したものだ。
参考
QT時間延長
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レクサプロとQT延長の話など
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