普通、恐怖感という精神症状は神経症的なものに使われるが、統合失調症の人には膨大な恐怖感がある。これは語られることがわりに少ないことや、恐怖感に沿った行動に見えないことも多く、軽視されやすい精神症状だと思う。
統合失調症の精神症状の妄想気分や世界没落体験は内因性の恐怖感の背景にある。
統合失調症の人の恐怖に対し精神科医はソラナックスやワイパックスなどの抗不安薬には期待しない。処方したとしても補助的なものである。
しかしソラナックスやワイパックスは統合失調症に対しマイナスにはならないので、処方されていたとしても違和感はない。ソラナックスやワイパックスはカタトニアには治療的なのでその視点で処方されていることもある。
だいたい内因性の恐怖感の規模に対しソラナックスやワイパックスは全く力不足なので有害ということもないのである。サッカーのスコアでいうと統合失調症に対し5-1で抗不安薬の完敗といったところだ。
では何を使うかというと、もちろん抗精神病薬である。いわゆる旧来の抗精神病薬や新しいタイプの非定型精神病薬はこのタイプのいかにも統合失調症らしい精神症状に効果的である。元々、抗精神病薬の効果や統合失調症の重篤さのスコアに内因性恐怖感らしき指標が含まれている。
今回は以下のことを書きたかったのだが、急性に生じた内因性の不安感~恐怖感に対し何を使うか?である。
従来、急性に生じた幻聴や不穏状態、これは内因性の恐怖感も含まれると思うが、リスパダール液を処方されることが多い。しかし現在外来では2剤制限があり、リスパダール液を頓用で使ったとしても2剤以内に収めなければならない。リスパダール錠が既に処方されている場合、リスパダール液を追加処方してもインパクトが少ない上に総リスパダール量が増えるだけである。
なぜこのような際にリスパダール液剤が使われるかというと、液剤は他の剤型に比べ比較的効果が大きいことと、なんだかんだ言ってリスパダールの抑える力が強いからだと思う。
柔と剛でいえば、リスパダール液は剛である。
リスパダールの代替できるものとしてセレネース液がある。剛のタイプは直線的なだけに空振りだった際に相対的に副作用が増えるだけになる。
抗精神病薬ではジプレキサザイディスなども良いように思うかもしれないが、ジプレキサはザイディス錠だったとしても継続処方で効果が発揮するように設計されており頓用に向かないように見える。それは節操なくレセプターに関わるMARTA(multi-acting receptor targeted antipsychotics)というのもありそうである。一言でいうと力が分散しすぎて集中力が足りない。しかし、ジプレキサの筋注製剤は良いと思う。
これは筋注製剤は門脈を通らずほぼ直接脳に達するからである。ここがリスパダール液およびジプレキサザイディスとの決定的相違である。ただし筋注製剤の欠点は外来で簡単に施行できないこと。もちろん自宅でも対処できない。
前に書いた柔と剛でいうと、ジプレキサザイディス及び筋注製剤は柔といったタイプだと思う。
ここ2年くらいで発売されたシクレストはこの辺りを見事にクリアしている。シクレストは舌下錠という特別な仕様なので、ジプレキサ筋注製剤のように門脈を通過せずほぼ直接脳に達する。しかも時間が早いのである。
また少し前の記事でも記載したが、シクレストはMARTAでありながら、一歩だけ従来型の抗精神病薬に近い。つまり効果のレベルでリスパダール液に近い。また、シクレストを頓服で舌下投与すると速やかに効果が顕れEPSが出ない人はあまり欠点もない。
このようなことから、急性ないし亜急性に生じた内因性恐怖感にはシクレストは十分に選択肢に挙がる薬である。
また、統合失調症の患者さんに限らず、歩き回れるレベルの高齢者の統合失調症性の不安・不穏状態にも有効性が高いと思う。
参考