このブログの特徴の1つは、ECT、特に木箱ECTの治療経過の記載があることだと思う。そもそもこのブログではECTという治療を否定的には記載していない。その理由は、例えば重いカタトニアなどECT以外に救うことが難しい患者さんがいるからである。
木箱ECTの治療の詳細などはなかなか書籍では見ることができない上に、今後その治療経験を記載する人はほとんどいないと思う。
木箱ECTは家庭に来ている交流の正弦波をそのまま脳に通電する治療法で、実施直後に全身の痙攣が生じる。痙攣の時間は40秒から1分10秒の間が多い。麻酔下のECTでは筋弛緩薬のために痙攣が起こらない。
痙攣は起こった方が治療効果が高いように見えるが、経験的に麻酔下であっても木箱ECTで実施すれば極端な効果の減損はない。しかし、ECTはサイマトロンのように正弦波でない場合、治療パワーが減損するように見える。サイマトロンでうまくいかないケースは麻酔をかけて痙攣が生じないことが大きな理由ではなく、おそらく治療エネルギーの低さから来る。
年配の精神科医はECTはけいれんが生じることこそ重要と思っている人が多い。これには理由がある。
僕は過去にECTを実施し脳に通電したのに、けいれん発作が起こらなかった人が5名いる。そのうち4名は女性であった。この5名はECT実施後、全く効果がなかったのである。けいれんが起こらないでも、通電のために意識障害が生じているので、脳に通電による作用があったことは間違いない。
このような治療体験をすれば、けいれんを起こさせることが重要と思うのはやむを得ない。
他の視点で見ると、過去の通電せず痙攣を起こさせる治療法、例えばインスリンショック療法はECTとは異なり、脳に通電せず、痙攣を起こさせることを治療の柱においている。つまり、単に痙攣が生じることも治療的なのである。
ある時、忍容性の低さから、薬物で幻聴や妄想を減少ないし消失させることができず、治療的に行き詰っている女性患者さんがいた。入院させて、あれこれ抗精神病薬や気分安定化薬を試みてみたが、ほとんどの抗精神病薬では難しく、唯一、ジプレキサ15㎎だけは服薬することができた。この量でもむずむず足が生じている上に、幻覚妄想も多少は軽減するが消失しなかった。ジプレキサ以外はバルプロ酸600㎎と眠剤くらいである。
彼女の場合、忍容性も低いが、仮に抗精神病薬を増量しても、線形に改善しないことが問題だった。
退院後、精神症状が安定しないのでECTを勧めたところ、すぐに受け入れられた。ある朝に外来で実施したところ、なんと痙攣が生じなかったのである。通電の瞬間、眼をぐっと閉じただけで、意識がなくなる瞬間などなかった。この人が痙攣が起こらなかった5人目である。
しかし、彼女から痙攣がないECTで、いかなる体験をするのか聴取することができた。痙攣が起こらない人も朦朧状態が起こる人はうまく体験が語れないため、非常に参考になる話である。
彼女によると、眼を瞑っていても、通電の瞬間、黒白の縞模様が見える(色が付いていることもある)。同時に凄い恐怖感が起こる。あと終わった瞬間、頭痛が激しく、吐き気がしたなどである。彼女は、恐ろしさのあまり泣きだしたほどであった。
それまでは痙攣が起こらなかった人に、もはやECTを実施することはなかった。効果がないように見えたし、麻酔なしの木箱ECTがかからない場合、今回のように本人に恐怖感の体験があることが多いため、それ以上実施できないからである。
この女性患者さんの場合は、ちょっと経過が違っていた。彼女は実施当日は直後、少し吐き気、頭痛で気分不良が診られたが、翌日は精神面で少し良くなった感触があったのである。しかしその差は大きなものではなく、通電で僅かだが効果がみられた程度である。
しかしこれ以外に打つ手がない状況は変わっていなかった。そこで、通電時間を5秒から10秒程度に延ばすか、5秒をダブルで行うことにした。これは感覚的にはいかにもうまくいきそうにない手法である。本人にもう一度木箱ECTをすると言うと、最初、さすがに怖いと言い嫌がったが同意してくれた。
結果だが、上半身のみ強直痙攣が生じ、不完全ながら痙攣が起こったのであった。しかし痙攣時間が全然足りない。予想通り、精神症状への効果としては前回より良かった。この経過を見ると、工夫次第でかなりの治療パフォーマンスを挙げられる可能性を感じた。
そこで、のべ秒数を長くする手法はそこまで効果的ではないため、110ボルトを120ボルトに上げて実施することにした。元々、木箱ECTにはボルトを上げるダイヤルがある。また、110ボルトは日本の家庭用のボルトなので、本来110ボルトは治療的必然性がないことは重要である。
痙攣が起こりにくいことは、本人の生理的特性と、解剖学的特徴が関係していると思った。例えば頭蓋骨の厚さなどである。過去に男性で痙攣が起こらなかった際、もう一度、検査所見を精査すると、CTで頭蓋骨が厚いという所見がみられたのである。たぶん頭蓋骨が厚いことが大きなパラメータではないと思うが、相対的に木箱ECTのパワーが負けているという推測はできる。
そして、もう一度彼女を説得して、120ボルトでECTを実施することにした。これも受け入れられたのであった。彼女は僕を信頼してくれていることもあるが、なんとか良くなりたいと言う熱意があったことも実施できた理由である。
実際に120ボルトで実施したところ、綺麗にけいれん発作が起こった。最初から最も望んでいた治療光景である。6秒間の通電で呼吸停止時間44秒であった。この呼吸停止時間は1分以上あるとなお良い。
今回は典型的な痙攣発作が起こったので、恐怖感などなかった。実施後15分で覚醒しぼんやりしていたが、頭痛を訴えていた。35分後にははっきり覚醒したが、健忘がみられた。今回のけいれん発作では予想より大きな健忘が生じており、一時、スマホの使い方を忘れたとか、パスワードを忘れたなどがあり、後でノートを確認しなくてはならなかった。彼女にはパスワードなどはノートに整理しておくように指導していたし、スマホの使用も1週間以内に問題ない状態に復帰している。
ちょうど1週間目にECT後にどのような変化があったのか本人に聴いてみた。またECTの感想も聴いている。以下バラバラに列挙する。
〇ラインのやり方は今はわかります。
〇通電は無痛だった。
〇滑舌が良くなった。
〇目が優しくなった。家族に言われます。
〇部屋の片づけがパッパとできる。
〇万年床にしなくなった。面倒さが減った。
〇食欲は落ちた。普通になった。
〇むずむず足は昼間は出ないが。夜は出ます。(ジプレキサ15㎎)。
〇よく眠ります。寝すぎです。
〇記憶力は今は普通に戻った。
〇今は幻聴も被害妄想もないです。する前はありました。