精神疾患で「噂されている感じ」と訴える人がいる。この表現は「噂されている」と断定的に言っていない。曖昧な感覚とも言える。
「噂されている」という感覚は統合失調症的な所見だが、「噂されている感じ」は統合失調症以外の疾患でもみられる。
これら「噂されている」と「噂されている感じがする」では大きな相違があると思う。「噂されている」体験は幻覚妄想に近いが、「噂されている感じがする」は未分化な感覚の印象がある。
「噂されている」は極めて恐ろしい異常体験で、強い恐怖感や不安感を伴うものである。
「噂されている」に診られる強い恐怖、不安感はもはや妄想気分と言って良い。夜間の輪番日に初診する統合失調症の患者さんは時にこのような状態である。これは夜間受診であれ、すぐに入院治療すべき精神症状だと思う。
一方、「噂されている感じがする」はそこまでの恐怖・不安感は伴わないことが多く、妄想気分とはみなされない。
従って「噂されている感じがする」だけでは統合失調症とは診断できない。むしろそうでない人が多いくらいだと思う。
「噂されている感じがする」で初診し、しかもその日に「統合失調症ではない」と診断できる人は時間が経って統合失調症に発展してしまった人は診たことがない。
そのようなことから、「噂されている感じがする」の延長線上に「噂されている」は存在しないのではないかと考えている(私見)。
単に「噂されている感じがする」は神経症的、言い換えると器質性所見的な症状なのかもしれない。(このブログ的にはヒステリーを始め神経症は器質性疾患)
この2つの体験は、恐怖や不安感の規模が段違いだと思う。つまり「噂されている」体験は、不安恐怖が同時進行に存在しているのに対し、「噂されている感じがする」体験は、その不確かさが不安感を引き起こしているように見えるからである。これら2つは体験、感覚に時差のようなものがある。「噂されている感じがする」体験の不安感はヒトの正常な反応に近い。
逆に「噂されている」と訴えていた統合失調症の患者さんの回復過程に「噂されている感じがする」が診られるのはある意味、非常に興味深い。
線形に改善する人は、次第に「噂されている感じがする」と言い始める。その後、その頻度が激減し遂に異常体験が消失する流れになる。
そのように考えると、「噂されている感じがする」は異常体験の中にあっても、実は健康的な感覚の部分が大きいのかもしれない。
健康な感覚が戻りつつある局面で、「噂されている」が、「噂されている感じがする」に変化しているからである。
参考