うつ病の薬物治療では1剤で奏功するケースも多いが、そうならない患者さんもいる。その際にうつ病のオーグメンテーションと呼ばれる増強療法が行われる。2007年の古い過去ログに、「単極性、双極性の激うつ対策本部」というタイトルの記事がある。
この中で出て来る内容は既に古い手法もあるが、今でもうつ病のオーグメンテーションとして実施されているものもある。甲状腺剤の追加や、リーマスの併用は典型的なオーグメンテーション療法である。
本邦で発売されている非定型抗精神病薬には添付文書の効能効果の欄にオーグメンテーション的な処方が記載されているものもある。例えばエビリファイ(アリピプラゾール)である。
4. 効能又は効果
○統合失調症
○双極性障害における躁症状の改善
○うつ病・うつ状態(既存治療で十分な効果が認められない場 合に限る)
○小児期の自閉スペクトラム症に伴う易刺激性
5. 効能又は効果に関連する注意 〈うつ病・うつ状態(既存治療で十分な効果が認められない場合に限る)〉
5.1 選択的セロトニン再取り込み阻害剤又はセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤等による適切な治療を行っても、十分な効果が認められない場合に限り、本剤を併用して投与すること。
ジプレキサの添付文書にも同様な記載があるが、ジプレキサの場合、双極性障害のうつ状態に限られており、単極性うつ状態に対しては言及されていない。
オーグメンテーションと呼ぶ場合、主剤と補助薬(オーグメンテーション薬)の比のようなものがあるような気がするが、2剤を五分五分で使ってもおそらくオーグメンテーションに含めているのではないかと思う。
従って、以下の様な処方
ジェイゾロフト 50㎎
エビリファイ 3㎎
の組み合わせはジェイゾロフト(セルトラリン)の抗うつ効果の不足分をエビリファイ(アリピプラゾール)で増強するオーグメンテーション療法である。なぜジェイゾロフトが最高量の100㎎になっていないかと言うと、最高量が忍容性の低さで服用できない際にもこのようなオーグメンテーションが可能ですよという意味を込めている。
SSRIではドパミンを増強する機序がないか薄いため、D2パーシャルアゴニストのエビリファイを追加する処方は薬理的にも理にかなっている。実際にはそう簡単なものではないと思うが。
近年に限れば、抗うつ剤の2剤制限のルールもあるため、抗うつ剤ではないエビリファイ、リーマス、甲状腺剤、ラミクタールなどをオーグメンテーションとして処方する手法はより必要性が増している。抗うつ剤2剤、例えばジェイゾロフトとリフレックスを併用しても全然効かない人も普通にいる。
上で、うつ病のオーグメンテーションとしてリーマスを挙げているが添付文書では、
4. 効能又は効果
躁病および躁うつ病の躁状態
としか書かれていないので、リーマスをうつ病のオーグメンテーションとして処方した場合、適応外処方となる。
向精神薬の適応外処方は非常に悪いことのように読者の方は思う人もいるかもしれないが、そもそもうつ病や双極性障害の本邦の権威あるマニュアルで推奨されている薬もあるほどである。
国の対応がされていないだけで、実臨床では一般的に行われている治療である。最も適応外処方でオーグメンテーションとしでうつ病、双極性障害のうつに処方されている向精神薬はおそらくセロクエル(クエチアピン)であろう。
逆に、添付文書に厳格に従い全く適応外処方をしない精神科医も稀にいる。特に高齢の精神科医に存在し、全く患者さんが良くならないのではないかと想像する。
今回の記事は、オーグメンテーションとしてエビリファイまたはレキサルティを処方する場合の効き方と注意点について。
なお、レキサルティは本邦では未だうつ病のオーグメンテーションとして適応が認められていないため適応外処方である。海外(アメリカ、カナダ)ではうつのオーグメンテーションとしてレキサルティ(Brexpiprazole)は適応があり、統合失調症よりうつ病に対する処方件数の方がむしろ多いらしい。以下は、英語のWikipediaから。日本のWikipediaにはレキサルティの記事がない。
Medical uses
In the United States and Canada, brexpiprazole is indicated as an adjunctive therapy to antidepressants for the treatment of major depressive disorder and for the treatment of schizophrenia.In May 2023, the indication for brexpiprazole was expanded in the US to include the treatment of agitation associated with dementia due to Alzheimer's disease.In Australia and the European Union, brexpiprazole is indicated for the treatment of schizophrenia.In 2020, it was approved in Brazil only as an adjunctive to the treatment of major depressive disorder.
エビリファイとレキサルティは少量の併用で、いずれも抗うつ剤の補助的処方の際に有効のように見えるが、抗うつという視点ではレキサルティの方が効果が上回っているように思われる。(私見)。
軽いうつ病だと、レキサルティの少量単剤で良い人もいるほどである。これはパーシャルアゴニストと言う視点で、エビリファイがレキサルティより一層パーシャルということも関係しているのでは?と想像している。
つまり逆に言えば、レキサルティはエビリファイに比しD2への親和性がより強く遮断的でもある。だからこそ、レキサルティはエビリファイより幻聴や妄想に効果が大きいのである。またレキサルティはこの親和性により嘔気や悪心を改善する効果もみられるため、トリンテリックスとの併用だと嘔気を抑える方向に働く。SSRIの嘔気はセロトニン系なのでモサプリド併用が良く、トリンテリックスの嘔気はドパミン系なのでプリンペランの方が相性が良いのと整合性がある。
レキサルティはエビリファイほどピンポイント系ではなく、他のセロトニン系レセプターにも親和性が強い。例えば、5HT1Aの親和性はエビリファイより高く、抗不安作用、認知機能改善、抗うつ作用?にも関連している。また、5HT7への親和性もレキサルティはエビリファイより高く、認知機能や抗うつ作用に関連している。
つまり、エビリファイとレキサルティはうつ病のオーグメンテーションとして効果の厚みが異なる。多くのレセプターが関与する分、レキサルティの方がより効果的のように見えるのだと思う。
これらのことを考えていくと、自然とオーグメンテーションとしてのレキサルティの欠点が見えてくる。
高齢者の場合、若い人ほど薬に強くない上、うつ状態の場合、他の疾患の合併が稀ならずある。例えば、パーキンソン病やレビー小体型認知症である。特に疾患の初期にはこれらが明確ではないケースもあり、少量だとしてもレキサルティはこれらの疾患を悪化させる。それはエビリファイよりD2遮断的だからである。
しかも、その悪化がすぐには見えず、数か月経ってかたまってくる。その際にはレキサルティを中止してもすぐには改善しないため、何らかの補助的治療が必要である。個人的にはビシフロールが良いと思う。ビシフロールを0.125~0.375程度の少量をレキサルティを中止後、処方する方針が良い。すると次第に回復してくる。ビシフロールは、エビリファイとレキサルティのような遮断作用が一切ないのが良い。
ビシフロールは感覚的にはうつに効いておかしくないが、オーグメンテーション的にあまり処方されないのは、たぶんエビリファイやレキサルティほどレセプターの点で効果の広さがないからと思う。ビシフロールは極めて透明感のある抗パーキンソン薬だと思う(個人的感想)。
このようなことから、レキサルティはどの年代に処方するかにもよるが、うつ病、うつ状態のオーグメンテーション療法としてエビリファイより用量の範囲が狭いことは注意したい。特に上限は低く抑えた方が良さそうである。
新型コロナ感染後、重篤なうつ病を生じた男性患者さんの治療の際、改善させることに難渋していた。今回の記事は、その患者さんのオーグメンテーションの試行錯誤の際、エビリファイやレキサルティを併用治療した時に気付いたことのまとめである。
その男性患者さんはまだ比較的若く、経過中にエビリファイやレキサルティの併用の際、経過中ある種の違和感があった。その患者さんにはオーグメンテーションだったとしても、エビリファイやレキサルティは不適切だったのである。
現在の彼の処方は、トリンテリックス20㎎とミルタザピン30㎎である。この患者さんはアモキサンやジプレキサも不適切だった。現在、処方内にビシフロールを併用しているが、この薬は眼の輝きの改善に貢献しているように見える。これは極めてエビリファイ的であるが、彼に限ればオーグメンテーションとしてビシフロールの方が相応しいのは間違いない。
(おわり)