ある男性患者に被害妄想を持つ女性患者さんがいた。
彼女によれば、その男性は自分に殴るなどの暴力を振るう、あるいは寝ている時に部屋に入ってくると言う。
しかし、過去にそのような事実はないのである。「そのようなことがあれば、同室者が気づくでしょう?」と言っても納得しない。(彼女は個室ではなく位置的にドアに近いベッドではない)
ある時、その男性患者が外科疾患のために総合病院に入院することになった。妄想を抱く対象がいなくなったのである。
さぞかし安心して生活できるのではないかと思ったが、本人は浮かない顔だった。
理由を聴くと、
その男性の分身が壁をすり抜けて、部屋の中に入ってくる。
という。このようなことを言う人たちには、うまく説明できる論理などない。荒唐無稽な内容が多すぎるからである。
ただし、被害妄想の文脈で、「分身」という考え方をする統合失調症の患者さんは滅多にいない。
普通、特定の人に被害妄想を持つ患者さんは、その人から離し別の病棟に転床すると一時的に軽快する。
しかし、妄想が生じやすいルートのようなものが脳内に完成しているため、時間が経つと、別の特定の人に妄想を抱くようになる人も多い。
従って、転棟は姑息的な対処である。短期的には、しないよりはマシと思うが、結局はきりがない。
被害妄想を固定させるような話が、次々と湧いて出てくるように見える。あんな風だと、本人は大変だと思う。
ある時期、彼女は、ある有名人の妻になった時期があり、名字だけ変えていた。
あら、名前が変わりましたね?と言うと、彼女はにっこりした。名字が変わった時間のトータルは3か月くらいであった。その後、彼女の名前はいつの間にか元に戻ったのである。
看護者や主治医など、誰も否定的なことを言わないのに、いつのまにか妄想は消失してしまった。(精神科病院のスタッフは、このレベルの妄想を真に受けて説得する人はいない。むしろ他の統合失調症の患者さんが本人に矛盾を指摘し説得することがある)。
もしあの妄想が、長期間続けば、そのままだった可能性がある。統合失調症人たちの妄想は、妄想性障害の人たちの妄想に比べ不安定であることが多い。
一部の妄想は頑固な妄想だったとしても、他にもあちこち妄想があるので、面倒見きれないんだと思う。
このように考えていくと、妄想性障害の人の妄想は種類、内容も実質的に1つに限られていて、消失し難いほど頑固である。
統合失調症と妄想性障害の人では、妄想の気合がかなり異なっていると思う。
参考
嫉妬妄想の話
たとえ保護室にいても入院したことがわかる
後ろから来た人が自分の体を通過して前の方に歩いていく
女性の理想像と幻想
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分身
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