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Channel: kyupinの日記 気が向けば更新
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学生運動の話

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僕が大学に入学した当時、既に学生運動をしている学生はほとんどおらず、僅かに、生協や学生寮などにその名残が残っていた。

僕は最初の1年だけ朝食と夕食だけ出る下宿に入ったが、家庭教師やコンパ、麻雀の付き合いなどで夕食が食べられないことが多く、2年目からはアパートに移った。

学生は夕食もそうだが、朝食も摂るのが難しい。その理由は、夜更かしするため。アパートに移った理由は、その方が遥かに安上がりだったからである。

最初の1年目、下宿屋のオヤジさんから、決して学生運動に嵌らないように十分に注意された。彼によると、医学部は何とも言えないが、一般の学部だと大手企業が調査をし、学生運動家の就職なんてないんだそうだ。

それどころか、時々うちの下宿屋にも企業から電話がかかってきていた。その理由が衝撃だが、ある下宿に住んでいる学生の兄ちゃんが京都大学の工学部を卒業し就職活動をしているのだが、その弟がちょうどうちの大学の2年生で、素行を調べているのである。

企業は何を恐れていたかというと、万一、弟が学生運動家だったら、採用を検討している兄も怪しいので、就職させないことを考えていたんだと思う。思想は兄弟でしばしば似る傾向があることを考慮していたのであろう。

企業からみると、このタイプの学生運動家をうっかり入社させると、将来、労働組合の大変な大物になる懸念がある。

日本では労働組合が強い企業は、発展と言う視点で、結局は良い結果になっていないような気がする。

学生運動っぽい活動をしている人は、留年を数回繰り返しているし、授業料も滞納していることも多く、1階のフロアに名前が貼りだしてあった。ただし、数回貼りだされただけでは簡単に除籍にはならないようだった。

自分が高校生の頃、どっぷり漬かっていたわけではないが、学生のデモくらいには時々参加していた教師がいた。その話は授業以上に面白かったため、よくアンコールして聴いていた。

友人の間では、彼の授業にはあまり価値がないと言う評価であり、むしろ学生運動の話を聴いておいた方が、今後に有用だろうという判断だった。

彼によると、真剣に学生運動の活動をしている人たちと、無党派層のような学生がおり、彼は友人の誘いなどでデモなどに参加することがあったという。とは言え、デモはよく参加していたらしい。

デモ参加の際の注意点は、「怪我をしないこと」。

デモの際に周囲は機動隊の人たちがおり、練り歩いている際にうっかり彼らに近づくと、重い靴で思いっきり蹴られる。内出血どころではないらしい。練り歩いているように見えるのは、実は機動隊にあまり近づかないように、蹴り攻撃を避けているのも大きかったという。

また、大混乱になり、うっかり転倒すると、機動隊のオッチャンたちに警棒のような凶器でボコボコにされるため、友人の柵程度で参加している人たちは、最もしてはいけない間抜けの行為だったようである。

当時、当局に迎合して大学に残った学生ももちろんいた。僕が教養部で語学を習った教官もそうだった。彼が学生の頃、友人にデモなどに参加するように勧められると、

僕、関係ないから。

と断り参加せず、結局、そのまま大学に残ったらしい。当時としては、その方が変わった学生だったような気がする。

その教官は、彼の語学を落とすと留年が確定する医学部の学生のことも全く配慮せず、バシバシ落とした。当時の医学部の教養過程と専門課程にはかなり難しさのポイントが異なっていたと思う。ある女性の医学生(同じ語学を選択)は、「あの人は全く予習をせずに授業にやってくる」と言っていたほどだ。

ところが大事件が起こった。

その教官は一斉に大学の教養部の教官を集めて、その学力などを調査する研修会に参加し、なんと最下位だったという(本人の談話)。

その後、「自分は学生を落とすほどのレベルには達していない」と自覚し、滅多に落とさなくなった。(これも本人の談話)。

早く気付けよ!

と言いたい。あの時代、特に学生運動が活発だった当時、優れた人材が相対的に大学には残らなかったような気がしている。


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