ずっと以前、特に定型抗精神病薬では添付文書の最後に「なお、年齢、症状により適宜増減する」という記載があったため、上限の倍量まで処方可能だった。
明確に倍量とは書かれていないが、「2倍まで」が目安だったのである。
例えばセレネースの添付文書では、
用法・用量
ハロペリドールとして、通常成人1 日0.75 ~2.25mg から始め、徐々に増量する。維持量として1 日3 ~6mg を経口投与する。なお、年齢、症状により適宜増減する。
クロフェクトンでは、
用法・用量
通常成人に対し,1日量クロカプラミン塩酸塩水和物として30~150mgを3回に分けて経口投与する.なお,症状,年齢に応じて適宜増減する。
セレネースでは上限が12㎎、クロフェクトンでは300㎎まで処方可能と言うことになる。セレネースは20~30㎎という処方が過去にはあったが、今は非定型抗精神病薬などが主流になり、あまり見なくなった。セレネースの15㎎は厳密には上限オーバーの処方だが、数年までレセプトで査定されなかったが、最近はコンピュータ化され、査定されるようになっている。これはコンピュータ化とは言え、ローカルな面があるかもしれない。
なお、クロフェクトンの300㎎は過去にもあまり見なかった処方量である。150からせいぜい200㎎までで、精神科医の裁量というか、感覚的(つまり薬物の重さ)なものが勘案され、2倍までは処方されにくい薬もあったといえる。
抗うつ剤も同様で、例えばルジオミールだと、
用法及び用量
通常成人にはマプロチリン塩酸塩として1日30~75mgを2~3回に分割経口投与する。また上記用量は1日1回夕食後あるいは就寝前に投与できる。なお、年齢、症状により適宜増減する。
と記載されているため、上限は150㎎まで可能である。現在、僕はルジオミールを150㎎処方している人はいないが、100㎎は数名いる。ルジオミール100㎎は全く査定されないので、上記の適宜増減の文言は生きていると思う。
いつだったか、過去ログのコメント欄で、電子カルテにルジオミール150㎎は入力できないという話が書き込まれていたが、医療現場を考慮していない不良品の電子カルテと言うほかはない。
また日本で最も発売が早かったSSRIのデプロメールは以下のように記載されている。
通常、成人にはフルボキサミンマレイン酸塩として、1日50mgを初期用量とし、1日150mgまで増量し、1日2回に分割して経口投与する。なお、年齢・症状に応じて適宜増減する。
これも300㎎まで処方できることを意味する。もともと、75㎎剤型は300㎎処方を容易にするために追加発売されている。
ところが精神科では非定型抗精神病薬の発売以降、次第に「なお、年齢、症状により適宜増減する。」のまま終わる記載が消えていった。明確に上限が記載されるようになったのである。(適宜増減するが○○㎎を超えないなど)
これはおそらく非定型抗精神病薬が旧来の向精神薬に比べ高価なこともあり、医療経済的なものも関係している。
リスパダールでは、
通常、成人にはリスペリドンとして1回1mg1日2回より始め、徐々に増量する。維持量は通常1日2~6mgを原則として1日2回に分けて経口投与する。なお、年齢、症状により適宜増減する。但し、1日量は12mgをこえないこと。
リスパダールは過去に上限の変更があり、それに合わせて、リスパダールの薬価が値上げされるという前代未聞の経緯があった。リスパダールは発売当時は12㎎まで処方可能になっており、その結果24㎎まで処方されている人がいたのである。当時、僕が処方した上限は14㎎だった。
上限の変更は12㎎から6㎎である。薬価がそれに合わせて値上げされたのは、1日薬価を考慮して薬価が決められていたからかもしれない。現在の新規抗うつ剤は上限を処方すると概ね同じような1日薬価になっている。この考え方は認知症の薬物も同様である。
謎の添付文書はハルシオンである。
○不眠症
通常成人には1回トリアゾラムとして0.25 mgを就寝前に経口投与する。高度な不眠症には0.5 mgを投与することができる。なお、年齢・症状・疾患などを考慮して適宜増減するが、高齢者には1回0.125 mg~0.25 mgまでとする。
○ 麻酔前投薬
手術前夜:通常成人には1回トリアゾラムとして0.25mgを就寝前に経口投与する。なお、年齢・症状・疾患などを考慮し、必要に応じ0.5 mgを投与することができる。
この文章は前後の繋がりが悪い。普通に読み取ると、一般的に成人は0.5㎎まで処方できるが、適宜増減して1㎎まで処方できると勘違いさせる。特に昔から診療している医師はそうである。ところが、実際には上限は0.5㎎までである。高齢者は適宜増減しても上限は0.25㎎であろう。
当初の日本のハルシオンの剤型は0.25㎎と0.5㎎だった。ところが、ヨーロッパで発売中止になるなどの影響からか、剤型が0.125と0.25に変更されている。過去には1㎎まで処方できたのかもしれないが、僕は経験がない。剤型変更のために少し文章が変になっているのかもしれない。
ところで、高齢者とはいったい何歳からなのか?という重大な疑問がある。
高齢者は国保と健保で基準が異なっているらしいのである。(もちろんローカルな面があると思うが)
国保は75歳、健保は70歳を基準にしているようなので、無難に70歳で高齢者仕様の処方に変更する。実際には現代社会の70歳は全然元気であり、70歳で区切るのはどうかと思っている。この国保の75歳は「後期高齢者は75歳から」が根拠と言う話である。
新しいタイプの抗うつ剤は混乱を避けるためか、適宜増減可能の後に上限が最初から明記されている(○○㎎を超えないこと)。これは実に明快な記載だが、もちろん医療経済的なものもあると思われる。
レクサプロ
用 法 ・ 用 量
通常、成人にはエスシタロプラムとして10mgを1日1回夕食後に経口投与する。なお、年齢・症状により適宜増減するが、増量は1週間以上の間隔をあけて行い、1日最高用量は20mgを超えないこととする。
一方、古いタイプの抗精神病薬や抗うつ剤の上限は依然、曖昧な従来のルールに沿ったままである。
まとめ
古い向精神薬は倍量処方できるものが多い。一方、新しい向精神薬は適宜増減こそ入れられているが実質、裁量できない。新しい向精神薬は決められた上限は守らないといけないのである。
参考
ハルシオン
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倍量処方できる薬、できない薬
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