今回の記事の治療内容は厳密に正解を決めるのは難しい。しかし精神科医がいかなることを考えて向精神薬を調整しているのかわかると思う。
ある入院中の女性患者さんはまもなく退院の予定だったが、新型コロナパンデミックのために退院を延期していた。処方はレキサルティ2㎎とリーマス400㎎、デパケン400㎎が主剤で他はベンゾジアゼピン系眠剤程度である。
時に躁状態を伴うタイプの統合失調症だが、広汎性発達障害の要素もあった。薬物治療ではレキサルティ以外の抗精神病薬はジストニアが出やすい。忍容性は比較的低いが現在服用中の向精神薬は服薬できるといったところである。
僕はリーマスがジストニアに悪影響を及ぼしていると思ったので、いったん中止する計画を立てていた。悪影響と言っても僅かなので是非中止すべきとまでは言えなかった。そこでリーマスを600㎎から減薬し400㎎でしばらく様子を見ていた。
今回の事件はリーマスを200㎎に減量しその5日後に完全に中止し2日目に起こった。その症状は39℃を超える高熱。ただし他の症状が全くと言って良いほどなかった。例えば風邪症状などである。また錐体外路症状も悪化がなく発汗もほとんどない。意識レベルや幻覚妄想の悪化もない。高熱はカロナールに非常に反応しすぐに解熱するものの、その日以降、連日高熱が続いた。
精神科医は一般にこのような時にまず悪性症候群を疑いCPKを含め血液検査を出す。その結果は、
CPK 正常値(むしろ低い)
白血球数 2000(低下。普段は5000ほど)
ミオグロビン尿 正常
肝機能系酵素 全て正常
この検査所見は、悪性症候群や横紋筋融解症は否定的である。特筆すべきはCPKが正常値だったことと、白血球数が今回のエピソードでかなり低下していたことだと思われる。
僕の今回の解釈は、
この患者さんは特異体質なので、リーマスの減量のスピードが速かったために脳が反応し、体温のコントロールに異常を来している。
と言うものである。ここからどのような対処がベストかは難しいところだが、治療的なものはすぐに始める方が良い思った。例えば補液をすることはプラスはあってもマイナスはないので、検査の出る前から開始した。
白血球数の判断は難しいが、精神科患者さんでは稀なものの一定の確率で常時白血球数が低下している人がいる。たいてい何も処置しないか、ロイコンくらいを追加することが多い。白血球数が減少していても安定的であれば何も対処は不要だと思う。ただし白血球数が少ない人にはクロザリルは処方できない。
また興味深いことにリーマスは白血球数を増加させる効果があり、たまにそのためにリーマスが追加されている人がいるほどである。ただし僕はリーマスをその目的で処方することはない。
今回の事例はリーマス減薬中に白血球数が低下していることが、今後の対処の選択肢に影響を与えている(応用問題)。
この患者さんをもし悪性症候群と診断するならば、向精神薬は直ちに中止すべきであろう。しかし今回に限れば、抗精神病薬を中止することは悪手というか非常にリスキーに見える。なぜなら、リーマス減薬中に生じたという経過がある上に、リーマス自体が白血球数増加に治療的だからである。
そのような理由から、検査が出るまで1日間、中止したリーマスを再開し600㎎にむしろ増量することにした。もちろんレキサルティやベンゾジアゼピン系眠剤はそのまま継続である。
基本的に、向精神薬は減薬中になにか異変が起こったら減薬前に戻すべきである。この基本が通用しないのが悪性症候群や横紋筋融解症だと思う。これらの方が例外なのである。(重篤なのでそうさぜるを得ない)
それ以外に治療的と思われる薬はインデラルが挙げられる。インデラルは脳にも移行するので、このタイプの高熱には治療的に見える。インデラルは10㎎から開始し20㎎まで増量した。インデラルで低血圧や徐脈を起こす人はもちろん使えない。
無難に対処するなら何も新規に薬を追加せず、ぼんやり点滴とカロナールだけ処方しておけば、しばらくして改善するような感覚があった。つまり高熱が出ている割に重篤感がまるでないのである。身体的にも精神的にもそれ以外の悪化がなかった。
興味深いことは、この経過中にジストニアがむしろ改善していたこと。つまりレセプター的にはドパミン過剰気味だったのであろう。その視点ではリーマスの躁状態の改善のメカニズムの謎について示唆的である。また僕がパーロデルではなくインデラルの方が良いと思えた臨床感覚にも通じていて矛盾がない。
この女性患者さんのその後の経過だが、徐々に最高体温が39度台から37度台まで低下し10日目に高熱は消退したのである。(白血球数も5000以上と正常化)。
(おわり)