市内の中核病院ではMRIなどの検査の際、生年月日を問うなどで本人確認をしている。初めて僕が経験した時、なるほど良い方法だと思った。
この方法は簡単な割に正しく確認できる確率がかなり高いが、精神科病棟では同じ方法は難しい。
実際、精神科病院では患者さんを人間違いして誤薬などの事故が起こることがある。誤薬とは、Aの患者さんの薬をBの患者さんに与薬してしまうなどである。
慢性期病棟で患者さんが与薬の際、「この薬はいつもと違う」などと言ってくれれば良いが、そう言ってくれる人はまずいない。本人確認が難しいことに加え、このような状況もあるので誤薬は身体科の病院より起こりやすいと言える。精神科病棟で誤薬が起こりやすい状況を挙げてみる。
〇同姓の患者さんがいる時。
〇新しく入職した看護師が多い時。
〇入退院が多く患者の入れ替わりが多い時。
〇このタイプのミスが多い看護師がいる時。
特別なケースとして、荒廃した患者さんが他人の薬を勝手に持っていって飲んでしまったと言う事故もある。
稀に総合病院で患者さんを間違い、全く他人を手術してしまったとか、片方の肺を切除するのに逆の健康な方を切除してしまったなどの大きな事故が報道されたりする。
精神科病棟の場合、皆、処方が似ていることもあり、誤薬そのもので大変な事態になった経験はない。しかし何故か薬の少ない人に、多い人の薬を誤薬しがちである。
医療業界では、精神科に限らず、このタイプの事故や事故になりかけた事例をヒヤリハット報告として文書で残している。実際に誤薬してしまった事例は事故報告、既遂にならない未遂はヒヤリハット報告になる。
ヒヤリハットを今後に生かす手法は、軽微な事故ないし事故が起こりかけた事例の積み重ねにより大きな事故が起こるという確率的な考え方から来ている。これらは、「1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故があり、さらにその背後には300件の異常が存在する」と言われる。(ハインリッヒの法則)。
一般企業でも、重要書類やUSBの紛失などの事故も、うっかり重要書類のカバンを持って飲み会に行ったとか、偶然、USBをスーツのポケットに入れたままにして外出したなどの軽微なミスの頂点に位置している。
精神科の場合、事故報告は、誤薬の他、転倒事故(骨折)、誤嚥(窒息しそうになる)、離院などが挙げられる。転倒事故の場合、誰が悪いと言うものでもないことも多いが、結果が悪いので事故である。飲み込みが悪いのにうっかり肉団子の料理を給食に出したが事故は起こらなかったなど事例はヒヤリハット報告になる。
ごく稀に、朝起きてこないと思ったら、ベッドで亡くなっていたと言うものがある。これは入院患者さんに高齢者が多くなっていることもあるが、まだ若い人、例えば30~40歳代くらいでこのようなことが起こることがある。なお、突然死は健康上、何も問題がないと思われていた大学生やスポーツ選手にも稀に起こりうることである。
このような突然死は心疾患が多いと言われているが、既に亡くなっている人を救急搬送することはできないので、たいてい警察に不審死として届ける流れになる。
すると、なんと8人くらい警察官が来院する。精神科病院でのこのタイプの死亡(精神疾患のみで他に身体疾患がほぼない人の突然死)は、他殺もあり得ないわけではないので、正しく判定するために警察官に検死を依頼するのである。死亡原因の解明に、脳のCTを撮るとわりあい原因がわかると言われている。実際、もう10年以上前だが、50歳代の女性の突然死の際、脳のCTの結果、クモ膜下出血であっただろうと言われていた。
実は、常にこのような手順を踏んでいたが、新型コロナが流行り始めて、このタイプの突然死があった時、多くの警察官に病棟に入って貰うことに深い懸念があった。なぜなら、家族すら病棟に入れず、外出、外泊も禁止にしているのである。それなのに業務上、感染機会の多い警察官を病棟に入れることは相当な恐怖である。
そもそも警察署に依頼された留置者の新患は、常に院外のプレハブの診察室で行っていた。それは他の外来さんに比べ、同伴する警察官も含め感染率が高いと思われるからである。その際に、留置者や警察官はマスクだけだが、こちらは重装備、宇宙服のごとき服装で臨む。
ところが、この3年間、そのような突然死の事例は1例もなかったのである。これは偶然だと思うが、精神科病院でも、そのタイプの突然死は滅多にないことがわかる。
外来部門では処方をうっかり書き間違うなどがある。特に自分の患者ではない人を診た際、いくつか薬を変えてくれなどの希望があると、うっかり間違うことがある。自分の患者ではないとこのようなミスも起こりやすいので、できるだけ主治医の外来担当日に行くべきだと思う。
参考